「トカゲと狡猾」
夕焼けが辺りを染める頃、竜吾はレイニスと別れたアイナと合流した。いつも通り彼女の肩に乗り、仲良く家に向かっていた。
『楽しかった?』
「うん。男の人と出かけるのって初めてだったから、ちょっと緊張したけど楽しかったよ」
『それは良かった』
当初は不安も多かったが、どうやらデートを満喫したようだ。竜吾は嬉しそうな様子のアイナを見ていると、視界の端にアイナの家が見えた。
それとともに凄まじい嫌悪感を覚えた。あの中にはレイニスを誘惑した悪女がいるからだ。
レイニスから立ち去ろうとした際に見せた負の感情を孕んだような目を思い出した。
『アイナ。気をつけて。今日、カリナは君とレイニスを引き離そうとしていた。きっと家には彼女だっている。気を抜かないで』
「分かった」
アイナの顔が強張った。無理もない。一体、自分が何をされるか分からない状況下に突入するのだ。
固く閉ざされた木製の扉を開けると、いつもの見慣れた風景が広がっていた。
「おー! 帰ってきたか! アイナ! 愛しい我が娘よ!」
どの口がほざいている。竜吾は内心そう思いながら、アイナの父親に侮蔑の目を向けた。
「ただいま、戻りました」
アイナは恭しく、実父に頭を垂れた。しかし、その目には明らかに怒りがこもっていた。それはそうだ。手のひら返しがあまりにも露骨である。
そんな事で彼女が培ってきた家への怒りが収まるはずがない。アイナが部屋に足を向けた時、廊下の反対側にカリナがいた。
僅かにアイナの顔が強張っているように見えた。無理もない。レイニスに色目を使った不埒な輩である。
「姉様。お帰りなさい」
「ええ。ただいま」
カリナが横を通り過ぎた。その瞬間、竜吾は鼻をもがれるような悪臭を嗅ぎ取った。何か嫌な気がする。竜吾は密かにそれを感じ取っていた。
数分後、従者から夕飯の準備が出来たと伝えられた。席に向かうと卑しい笑みを浮かべる父といつもと同じく勝気な目をした妹がいた。
竜吾は嗅覚を研ぎ澄まして、カリナの方に鼻を向けた。彼女の方から先ほどの臭いを感じ取る事はなかった。
「さっきの匂いがない。気のせいだったか?」
机には色とりどりの料理が並べられていた。食欲をそそる香辛料の匂いが周囲に漂っている。
「今日の食事はどうやらカリナが提案したらしいな」
「ええ、久しぶりに刺激的な味も楽しみたいと思いまして、給仕の方に頼んで作っていただきます」
「まあ、たまにはこういう料理も悪くないな」
アイナが料理の前に座った時、竜吾は思わず、顔を引きつった。先ほどカリナから漂って来た臭いを感知したのだ。この料理は危険。
竜吾はアイナの頬を突いた。アイナが目をこちらに向けて来たので、必死に動作で席から立つように伝えた。
「すっ、すみませんお手洗いに行ってまいります」
アイナが席を立ち、トイレに向かった。
「どうしたの?」
アイナが僅かに眉間に皺を寄せて、怪訝そうに小声で訪ねて来た。
『アイナの目の前に出されていた料理の中に毒が入っていた』
「えっ! 一体誰が」
『カリナだ。廊下ですれ違った時に同じ臭いがした。恐らく香辛料を使う料理を作らせたのも、毒の臭いを悟られないようにする為だ』
「なんでそこまで」
『君のことを脅威に感じているからだと思う』
ここ最近でアイナの実力は急激に上がっている。おそらく現在、彼女はカリナと引けを取らないくらいの強さになっている。そのことを懸念してこのような謀略に走ったのだ。
アイナの顔を見ると、戦慄していると言っても、過言ではないほど表情が強張っていた。無理もない。今まで嫌がらせや屈辱を受けてきて、慣れてきたとはいえ、毒を盛るという命の危険を感じるような目に遭わされたのだ。
『どうするアイナ? このまま何もしなければ、きっと嫌がらせが加速する』
アイナが逡巡している様子を見せた。
「竜吾。料理の中から毒を消す事って出来るかな?」
『分からないけど、やってみよう。カリナが見てくるかもしれないから、上手い事は皿に視線を向かせないようにして欲しい』
「わかった」
竜吾はアイナの腕部分の裾に隠れて、再び、父と妹の元に戻った。
「おお! アイナよ。大丈夫なのか?」
「ご心配おかけいたしまして申し訳ございません。お父様」
アイナが父に会釈して、席に着いた。そのまま、竜吾は彼女の腕を壁にして、さらに手を当てた。
以前と同じく緑色の光が現れて、皿の中に注ぎ込まれていく。 竜吾は驚いた。毒の臭いが徐々に消えていっているのだ。自身の能力は 治癒能力や身体能力強化だけはないという事実を今、ここで知った。
そして、瞬く間に毒の存在が料理の中から消えた。竜吾は早速、アイナに合図しようとした時、アイナの表情が硬かった。カリナがアイナを怪訝そうな目を向けていたのだ。
「どうしたの? カリナ? 私の方をチラチラと見て」
「なんでもありませんわ。それよりも早く召し上がったら、どうです? せっかくの料理が冷めてしまいますよ」
「ええ、そうね」
アイナがチラリと竜吾の方に目を向けた。竜吾は頷いて、解毒できた事を知らせた。
アイナが震える手でスプーンを持って、口に入れた。
「美味しいわね」
満面の笑みを浮かべながら、次から次えと口に運んでいく。ふとカリナに目を向けると目の前の光景が信じられないのか、目を丸く見開いていた。
毒が含まれていたのは、アイナの前に置かれていたもののみで、他の料理には毒は含まれていなかった。
歯ぎしりするカリナを尻目にアイナが美味しそうに夕飯を堪能していた。
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