「アイナとカリナ」
アイナ・フリードは緊張感を孕んでいた。今から模擬試合を始めるからである。
対する相手は自身の双子の妹であるカリナ・フリード。
アイナはこれまでカリナに一度も勝った事がない。
勉学も剣術においても妹に敗北し、その度に嘲笑われて、屈辱を強いられてきた。
しかし、幼い頃から憧れた英雄のようになりたい。その一心でここまできたのだ。そして、近頃では竜吾という友が出来た。
心の支えとして側にいてくれた存在だ。なんとか自分が勝利した姿を見せたいのだ。
「カリナ。私は負けない」
「口先の大きさだけは評価しますよ。姉様」
ふと木陰の方に目を向けると竜吾がつぶらな瞳でこっちを見ていた。
「よーい。始め!」
教員の掛け声を共にカリナが風を超えるような速さで斬りかかってきた。
「くっ!」
アイナはすぐに木刀を構えて、奇襲を防いだ。そこから雨のような連続攻撃が襲ってきた。
「ほらほらほら! 早速、追い込まれていますよ! 姉様!」
カリナが物凄い速さでアイナに斬りかかっていく。アイナは一度、は後ろに下がり距離を開けた。
辺りでは複数の生徒が二人の少女の激闘に注目していた。
「逃げても無駄ですよ。姉様」
カリナが狡猾そうな笑みを浮かべて、アイナを見つめている。
「逃げてなんていないわよ。これは戦略。勝利への一歩!」
アイナは勢いよく、地面を蹴ってカリナの元に走っていく。
長期戦に持ち込んではカリナに体力的な面で劣り、敗北する可能性がある。一瞬の隙をついて勝つしかない。
「はあ!」
的確な動作でカリナに攻め入っていくアイナ。先ほどのカリナと同じく、連続で何度も攻撃して反撃の隙を作らせないようにしている。
「へえ、なかなかやるじゃない。少し前まで私の足元にも及ばなかったのに!」
「ええ、貴女を越えるために! 英雄になるために!」
アイナは必死な表情で木刀を振った。刀身が重なり合い、激しく音が鳴るごとに戦いの勢いが増していく。
「はあ!」
カリナが水平に振ろうとした瞬間、アイナは態勢を低くした。鳩尾を狙おうとしているのだ。
ひと突きで腹部にタメージを与えてから腕や足を狙い、動けなくして戦意を奪うという算段である。
「狙うはそこ!」
渾身の一突きを行なったが、そこにはカリナの姿はなかった。
「えっ?」
勢いよく前に突き出したせいか、体重が前のめりになってよろめいた。動きを先読みされて躱されていたのだ。
「どんなに足掻いても私には敵わないのよ!」
カリナの目つきが豹変した。獲物を襲う獣のような目にも止まらない高速ラッシュでアイナの膝が徐々に下がっていく。
「がはっ!」
骨を打たれて激しい衝撃音が辺りに響くと同時にアイナの四肢に激痛が走る。
襲いかかる攻撃の数々で白い肌が内出血を起こして、徐々に変色していく。
「これで終わりよ!」
カリナの一撃がアイナの頭部に直撃した。体から力が抜けたように崩れていく。
「勝者。カリナ・フリート!」
「また、医務室送りね。姉様」
「さすがです! カリナさん!」
「よっ! 英雄の末裔!」
「いいぞ!」
カリナの高笑いと彼女を讃える同級生達の賞賛の声が薄れゆく意識の中に響いていく。
徐々に外部の音が聞こえなくなり、やがて語感が途切れた。
重い目蓋を開けると見慣れた天井が見えた。脱力感を背負いながらも、アイナは上半身をゆっくりと起こした。
「ああ、そうか。私。負けたんだ」
英雄に憧れた日からずっと修行を続けてきた。どれほど馬鹿にされてもいつかその不幸を笑える日が来ると信じてきた。
しかし、何度も目標の背中を追いかけても届かない。
目標の前にあるカリナという頑丈で強固な壁を越える事が出来ないのだ。
「ああ、もう勝てないのかな」
自身に対する絶望と失望に支配されそうになった時、ふと右手が何かに触れている事に気がついた。
竜吾がいた。目をつぶって小さく寝息を立てていた。
小さな友がずっとそばにいてくれたのだ。すると竜吾が小さくあくびをして、起き上がった。
「おはよう竜吾、起きたんだね」
アイナが声をかけると意思疎通を行うためか、竜吾が近くにあった紙で文字を書き始めた。
『もう起きないと思って心配したよ』
「ごめんね。心配かけて」
アイナはぎこちない笑みを浮かべた。模擬試合の前、彼女を応援してくれていた。
アイナ自身、何よりもそれに応えたかった。友人もおらず、父や妹にすら冷遇され続けた彼女にとって、竜吾はとても暖かい存在なのだ。
竜吾が続けて、何かを書いている。内容が気になり、首を傾げた。
『ずっと見ていたよ。君が戦っているところ。正直、負けたところを見たのはとても悔しかった。君が鳩尾を当てようとしていた時、カリナは少し、焦っているように見えたよ。人ごとに聞こえてしまうだろうけど、君なら必ず、あの妹を打ち負かせるよ』
文字をたどっていくごとにアイナの目が徐々に潤んでいく。
そして、途中から涙がボロボロと溢れてきた。彼女の胸の奥で強くせき止められていた感情の荒波が押し寄せてきた。
「悔しい! 私、すごく悔しい!」
『大丈夫。僕がそばにいる』
夕日が差し込む無人の保健室。一人の少女の悔し泣きする声がいつまでも木霊していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます