「トカゲと学園」
アイナと竜吾は朝食を取り、家を出た。
今日は彼女が通う学校に行く事になった。竜吾自身、この世界では右も左も分からない赤ん坊同然の存在だ。外界を学ぶに越したことはない。
玄関を出ると既に馬車が用意されていた。おそらく通学用の馬車だろう。
「では姉様。先に言っていますね」
するとカリナが悪意に満ちたような顔を浮かべて、馬車に乗った。
馬が汽笛のように高らかに鳴くとアイナを置いて走り始めた。
『なんで馬車に乗らないの?』
「父から言われているの。落ちこぼれに馬車は必要ないって」
アイナは特に気にしていないような口調だった。おそらくそれが当たり前なのだ。
この家での彼女の迫害は恐ろしい。竜吾の中でカリナやその父への怒りが湧き出たが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。
このままではアイナが遅刻してしまう。竜吾は思考を巡らせていると、あることを思い出した。
『アイナ、森の中でやったやつをもう一度、試したらなんとかなるかもしれない』
以前、竜吾がアイナの体に触れて、凄まじい力を発揮したように身体能力の向上も可能なのではないかと考えたのだ。
「うん。やってみよう」
竜吾はアイナの体に気を注ぎ込んでいく。アイナの体は以前と同じく、緑色の光に包まれる。
「ああ、すごい。体に力がみなぎってくる」
アイナの体からが力が溢れてくるのを感じる。
「学校まで間に合う気がする」
アイナが踏み出した瞬間、ものすごい勢いで砂煙が宙を舞った。
竜吾の予想は的中した。彼女は凄まじい速度で道を掛けていく。
道ゆく人次々と追い越して、風よりも早い速度で縦横無尽に駆け巡る。
「すごい、体が風になったみたいに軽い!」
人知の越えた速度で走って行く中、前方に見覚えある馬車が見えた。おそらくカリナが乗っている馬車だ。
そして、一瞬にして横を通り過ぎた。竜吾はアイナの方に目を向けると余裕に満ちたような笑みを浮かべながら、走っている。やがて煌びやか雰囲気を放つ建物が見えた。
「学校だ」
学校が見えた瞬間、アイナの走る速さがぐんぐんと加速していく。そして、学校の門を勢いよく砂煙とともにくぐった。
「ふう、ついた」
アイナが気持ちよさそうに背伸びをした後、見覚えのある馬車が後ろに止まった。
「えっ? アイナッ!? えっ? なんで?」
カリナが目を泳がせながら、何度もアイナと自身の馬車に目を向ける。目の前の現実を受け入れられないのだろう。
「あれっ? カリナ。遅かったわね」
アイナが何事もなかったように言葉を返した。僅かだが彼女の口角は上がっていた。
アイナが通っている学校。『アレスティア学園』は剣術や魔術を習い、未来の魔導師や剣士の育成に尽力している教育機関である。
竜吾はアイナの肩と神の間に隠れながら、校舎を見回していた。
「見ろよ。アイナだぜ」
「おちこぼれだ」
生徒達がアイナの方に目を向けてこそこそと話しているのが見えた。アイナの顔を見ると、僅かに陰を帯びていた。
アイナは学園でも嘲笑の対象になっているようだ。優秀な妹と不出来な姉。高貴な血統から生まれた落ちこぼれ。
竜吾は憤りを感じた。家族といい学園の連中というどうしてここまで彼女を毛嫌いするのだろう。才能の良し悪しなど人それぞれのはずだ。
教室の扉を開けると、そこにはあの傲慢な妹の姿が目に映った。その横には以前に見かけた取り巻き二人もいた。
「あら、姉様。遅かったですね」
「うん」
先ほど校門の前で見せた間抜けヅラとは別に元の卑しい顔に戻っていた。
アイナの表情も先ほどとは真逆なくらい曇り顔になっている。
授業中でも彼女に向けられた纏わりつくような視線がちらほらと伺えた。
「ではこの問題は、アイナ・フリード。答えてみろ」
突然、問題を振られてアイナは動揺し始めた。
「はっ、えっ? す、すみません。分かりません」
「全く。では他の者は」
教員が露骨に諦念を交えたようなため息をついた後、カリナが手を挙げて答えた。
「正解だ」
カリナが正解すると辺りからこそこそと声が聞こえた。再び、カリナとアイナを比べるような言葉だ。
『気にしなくていいよ』
「うん」
アイナが口元を上にあげた。竜吾にはかなり無理をしているのが手に取るようにわかった。
昼休みに入り、他の生徒がグループを集まり、昼食を楽しむ中。アイナは木陰の下でサンドイッチを口にしていた。
「恥ずかしいところ見せちゃったよね」
『気にしなくていい。アイナが頑張っているのは僕がよく分かっているから』
「ありがとう」
アイナは先ほどの沈鬱な表情とは程遠い太陽のような笑みを浮かべた。
竜吾は彼女を尊敬している。行くあてもなく、森の中を彷徨い、魔物に襲われそうになった彼を守ってくれたのだ。
そんな心優しい彼女を避難されて、嘲笑の対象に会うのが何よりも許せないのである。
『午後からは何の授業?』
「確か剣術かな? 今日は模擬試合があるみたい」
『ならそこで奴らを見返してやろう! 大丈夫!』
竜吾はそう応えるとアイナが静かに頷いた。
昼食が終わり、アイナを含んだ生徒達が校庭に整列した。
「今日は予定していた通り、模擬試合を行う!」
担当教員の男性が声は張り上げて、説明し始めた。重症または死亡に繋がりかねない攻撃は禁止。それ以外は問題ないとの事である。
「竜吾。私頑張るね」
『応援しているよ』
アイナが緊張感を漂わせながら、足を進めた。無論、あの妹のところである。
「カリナ。私と模擬戦をやらない?」
「構いませんよ。まあどちらが勝つなんて目に見えていますがね」
「やめとけよ。いつも見たくボコボコされて終わりだろ?」
「ほんとだよ。座学でも実技でも何一つ及ばないんだからよ」
クラスメイトの男子の言葉を皮切りに次々と嘲笑と挑発の嵐がアイナに降りかかった。
「皆様。姉様も常日頃から努力してらっしゃるのです。そのような挑発を交えたような発言はおよしになって、最も努力が実るかは別の話ですが」
再び、周囲から卑しい笑い声のコーラスが溢れる。周囲はカリナ一色に染まっていた。
竜吾はアイナに目を向けると若干、不安げだったが闘志を感じた。
彼女は戦える。そう確信した。彼女が模擬戦用の木刀を握り、深呼吸をした。
その横で竜吾は彼女が凄まじい緊張感を抱いているのが理解できた。
クラスメイトが言っていた事が正しければカリナは相当な実力者だ。アイナが一度も勝利した事がない。
『アイナ。君がよければ』
「ううん。これは私の勝負だから」
竜吾は今朝のように体に力を注ぎ込もうか提案したが取り下げられた。
「私、頑張るから、木陰からでも見ていて」
アイナがゆっくりと口角をあげた。竜吾は承諾すると彼女の肩から降りて、近くの木陰に移動した。本当に大丈夫だろうか。
不安が頭をよぎるが瞬時に振り払った。馬鹿野郎。ここで信じなければどうする! 竜吾は自身に訴えた。
彼女に目を向けると不遜な笑みを浮かべる妹に木刀を構えていた。
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