「トカゲと少女」

竜吾の趣味である漫画や小説などで主人公が別の誰かになることは何度も見たことがあった。


 しかし、自分がその体験をしようなんて思っても見なかった。


 しかも、全く知らない場所で全く別のものに体が変化していたなんてあり得るのか。


 これからどうしよう。不安感が心の中で広がっていく。再度、辺りを見渡すも祖父の葬儀をあげていた実家も、両親、祖母、叔父叔母も見当たらない。



 少なくとも自身が知る場所ではない。もしかしたら池に落下した際にどこかに流されたのか? 


 しかし、流されただけではこの姿の説明がつかない。竜吾は脳内がショートしそうなほどの勢いで思考を巡らせる。


 森の中は静けさが漂っており時折、虫や鳥らしき生き物の鳴き声が聞こえてくる。


 普段なら気にも止めないが、今の彼はそうはいかない。食われる可能性があるからだ。


 鳥でも鼠のような小型哺乳類も彼にとっては脅威そのものである。


 背骨を冷えた指でなぞられる緊張感が走る。トカゲになってそうそう、天敵と遭遇して胃袋に直行という結末を迎えるのはあまりに悲しい。


「ここかなあ、魔泉ませんの方から光が見えたんだけど」


 すると森の奥からカサカサと草を揺らしながら、こちらに向かってくる足音とともに人の声が聞こえてきた。



 竜吾は目を丸くした。海のように青い髪と三つ編み。


 目鼻が整った可愛らしい少女が姿を現したのだ。腰には金色の鞘に収められた剣が携えていた。


 凄い、髪の毛の色が青色だ。竜吾は青色の髪をした人間など初めて見た。


 コスプレイヤーと思ったが、髪に毛染めのような不自然さがない。


 外国人とも思ったが、言葉は聞き取れる。この少女は一体、何者だ? 竜吾の中で謎が広がる。



 少女の煌びやかな黄金色の瞳と目が合った。竜吾は一気に警戒心を高める。爬虫類が苦手なのか? 


 もしそうなのであれば気味悪がって近づいてこないか、石を投げられる可能性がある。


「綺麗なトカゲ」

 少女が竜吾の元にゆっくりと近づいてくる。竜吾を彼女の目はまるで興味をそそられた純粋無垢な子供の目のようだ。

 

「でもなんで魔泉ませんに浮いているんだろう?」

 少女が何か独り言を喋りながら、頭をかしげる。一体、なんなんだ。この子は。それに魔泉ませんってなんだ?


 トカゲの姿と見慣れない格好をした少女と知らない場所。この短時間で未知の出来事に遭遇しすぎて、竜吾は頭が限界だった。



「おっ、驚かせちゃったね。ごめんなさい」

 少女が俯きながら、小さな声で竜吾に謝罪を述べた。言葉は聞き取れるようだ。


 竜吾は返事を返そうとしたが声帯の構造上、声が出ない。


 自身の状態に煩わしさを感じていると、ガサガサと草陰から大きなものが鳴った。


 先ほどまで慌てふためいていた彼女の表情が強張り、視線を物音がする方に向けた。


 森の陰から颯爽と何かが飛び出して来た。  黒い毛皮にヤギのような角と肉食獣を想起させる鋭利な牙と爪を持った見たこともない二体の怪物が姿を現した。



「ガルルルル!」

「まっ、魔獣!」


 魔獣達が口の端からだらしなく唾液を垂らして、舐め回すように少女を見ている。


 対する少女も剣を構えているものの、腕と膝が震えている。


 竜吾自身、二匹の魔獣に恐怖感と危機感を覚えていた。すると魔獣の一匹と目が合った。血も凍りそうな殺意がひしひしと鱗越しに伝わってくる。



「にっ、逃げて!」

 少女が竜吾に声を高くして逃亡を催促してきた。


 彼女の言葉に従って竜吾は踵を返そうとした時に、魔獣達が殺意を孕んだような目をしながら二体とも見事な足並みで走ってきた。


「はあ!」

 少女が飛びかかる一匹の魔獣の攻撃をかわして、斬りつけた。先ほどまで身震いしていた少女とは大違いである。


 魔獣の悲鳴とともに真っ赤な血が放物線を描くように吹き上がった。


「グアアア!」

 もう一体の魔獣が唸り声をあげながら、少女に飛び込んでいく。しかし、軽やかにかわして、首をはねた。


「ギャアアア!」

 痛ましい奇声を上げながら、息絶えた。


「ふう」

 少女が拳で眉間に浮いた汗を拭き取ろうとした時、最初に倒した魔獣の一体が勢いよく、舌を伸ばした。


 よく見ると鋭利な刃のような突起がいくつも出ていたのだ。 舌先は彼女の膝下に向かっていた。


 油断していたのか、攻撃が彼女の足を直撃した。


「ぐっ!」

 痛みをこらえているのか、顔を赤くしてながら、歯をくいしばる少女。


 攻撃された箇所に目を向けると切り傷ができており、赤い血が流れている。


 険しい表情からかなりの痛みが足を伝ったことが伺えた。魔物の捨て身の一撃だったのか、彼女に傷を負わせてから動かなくなった。


 少女は自身を守るために戦ってくれたのだ。震える腕と膝で懸命に竜吾の元に行かせまいと剣を振ってくれた。竜吾は罪悪感と無力さで息が詰まりそうだった。


 すると竜吾の気持ちを察したのか眉をたれ下げながらも、笑みを作っていた。

「心配ないよ。これくらい」


 せめて、何かしなければ。彼の思考を駆け巡る。止めようとする少女を気にもとめず、腫れ物を扱うように傷口に触れた。


 その瞬間、少女の体から深みどりの光がぼんやりと出てきた。そして、傷が時を巻き戻すようにみるみるうちに元に戻っていく。


「すごい、傷が治った。それになんだろう。体全身にマナで満ち溢れている」


 マナってなんだ? 竜吾は脳裏にクエスチョンマークが浮かべていると、少女も驚いたような表情で竜吾を見ていた。


「あなたは一体、なn」

「グオオオ!」


 少女が何かを言おうとしたが、けたたましい叫び声に遮られた。先ほどと同じ姿の魔獣が森から出てきた。


 しかし、その姿は一回りも大きく、凄まじい威圧感が伝わってくる。


「さっ、先ほどの魔獣の親玉ですか。来るならきなさい!」


 少女が再度、剣を握ると剣先から胴にかけて、眩い光に包まれ始めた。


 魔獣がわずかに慄いたような態度を見せたが、唸り声をあげながら飛びかかって来た。


「はあー!」

 少女が勢いよく剣を振り下ろした。その瞬間、巨大な斬撃が放たれて魔獣の体が消し飛んだ。


 それだけではなかった。その後ろにある森の木々や大地が轟音とともに真っ二つに裂かれていく。


 先ほどの剣撃とは比べ物にならないほど、威力が増していた。斬撃により立ち込めた砂煙が、ゆっくりと溶けて消えていく。


 魔獣は毛の一本も残る事なく消滅していた。しかし、それよりも目を引いたのはその威力だ。


 彼女が放った一撃の威力で遥か彼方まで地面が裂けていた。あまりの威力に竜吾は呆気にとられていた。


「こんな威力ありえないわ」

 剣を振った彼女も目の前の出来事に驚いたせいか、目を見開いていた。

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