第65話 二人の空間、理性との葛藤 (渉視点)


 浴室から出た後、俺は慌てて、今晩一緒に過ごす創と俺の部屋を目指す。


 部屋のドアを開けると創はノートに何か書いている様だった。



 何を書いているのか、こちらが気になってしまいそうな程、表情を変化させながら。





 すげー集中力だな。



 つーか、全然変わってねーじゃねーか。


 あの頃と……。


 その時頭に浮かんだのは幼い頃、少しだけ一緒に過ごした子。


 ずっと女の子だと思っていたが、もうそいつが、目の前にいるコイツなんだと俺は知っている。


 

 なんだか嬉しくて顔が自然と緩む。



 初日の夜なんて、もう会えない、自分の所為で怪我をさせてしまったあの子の事を思い出して泣いたというのに……。


 




 どんな巡り合わせがあるか、分かんねーな。




 つーか、俺、今までなんで気づかなかったんだ?



 周りの事ばかり考える優しい所とか、創作に関しては周りが何も見えなくなってしまうぐらい没頭してしまう所とか。


 本当に何一つ変わってねーってんのに。



 まあ、予想以上に成長しちまったが、俺よりガタイが小さいからぎりセーフだったかな。



 まあ今のままでも本質を知ってしまえば可愛すぎるぐらい可愛く見えちまうっていうのに、見た目もこれ以上可愛すぎたら変なライバルが増えて面倒くせー事になっちまうしな。


 風呂場でのマモルの態度を思い出し俺は苦笑する。




 あんな優しい顔して、創は今、何を思ってんだろな。



 物語のキャラクター自体に嫉妬してしまいそうだ。




 俺はそっーと創に気づかれない様に後ろに周り込み、ノートの中を覗きこんだ。



 ええと、これはプロットだな。



 プロットは勝手に見ちゃダメだよな。



 って、この内容って男同士の話なのか?



 もしかして創もお、俺を意識してくれてんだろーか?




 途端に鼓動が早くなってきやがった。




 落ち着け、落ち着けよ俺。




 ここで理性が保てなかったら全部が台無しだ。



 まずは円滑な友人関係を築き、少しずつ、創に俺無しではいられないと思わせる事が大事だ。



 今晩の目的は手を出して警戒されるなんてバカな真似をするんじゃなくて、まずは信用を勝ち取り、そして連絡先をゲットする事だ。



 だけど……。




 こんな近くまで顔を近づけてんのに、創の奴、全然気づかねーんだな。



 てーか、これってある意味、危なすぎるよな。



 創作に没頭しちまうと、変態が近づいてきても気づかねーってことだ。



 俺はもちろん変態ではねーけどな。



 ずっと昔から創一筋だった訳だしな。



 俺は人を好きになれねーと思ってた。



 けど違ったんだよな。


 人を好きになれなかった訳じゃねー、創以外はどーでも良かったって事だ。



 創の首筋からボディソープの良い香りと創自身の香りが混じり合い、たまらなく良い香りに変化してしまったのかその香りに引き寄せられて、思わず思いきり息を吸い込んじまった。



 どんなに自分の物語の中に入り込んじまった創だったとしたって、さすがに気がついちまったらしい。



 ビクッと身体を大きく揺らし少し俺から距離をとってこちらを振り返った。


「わ、渉!」



 そう少しだけ声を裏返らせて叫びながらノートを閉じた後、自分の首元を押さえているのがなんとも可愛らしい。


「ワリーびっくりさせたな」



 なんてとりあえず謝ったが、俺はちっとも悪いと思っていなかった。



 だけど、流石に気づいてくれて良かった。



 理性が限界すぎたし、あれ以上気づかない様じゃ、この先、色んな意味で心配すぎるからな。



 髪をちゃんと乾かしていない創の髪から数滴滴が落ちる。



 創のTシャツがその滴のせいで濡れていて少しだけ肌が透けている。


 俺はこのまま理性を保ちつつ、創の連絡先をゲットできるんだろうか……。



 つーか、あのままだと風邪引くよな。



 普通に会話しつつ、どうにかして髪を乾かす方向にもっていかねーとな。



 透ける肌で無意識に俺を誘っている創(誘ってない)なのに……。



 戸惑っている可愛すぎる創の表情に自分の顔の筋肉を緩ませながらも、内心では頭を悩ませていた。

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