第63話 夢から覚めた現実 (ウタ視点)
『ウタちゃん、大好き』
つむぎの明るく太陽の様な笑顔に自分の心が温かくなる。
自分はそっとつむぎを抱きしめた。
つむぎはとても柔らかく細くて、壊してしまいそうで、自分はゆっくりと優しく抱きしめる。
柔らかいと言ったって、そんなにはっきりとした感覚がある訳じゃない。
思春期を迎えてからはつむぎとこんな風に触れ合った事はない。
せいぜい軽く頭を撫でる程度だ。
実際、こんなに触れ合ってしまうと自分を抑える事は難しいだろう。
だから、自分はこれは夢の中だと理解していた。
夢の中の出来事だけど、自分はこの空間の中にずっといたいと思ってしまう。
所詮それは現実から逃げているという事なんだけど……。
夢の中の心地よい空間に身も心も癒されて、ああ、このまま目覚めなければ、もうシンドイ思いをする事はない。
そう思ってはいても、現実が近づいてきてしまっていた。
気配が変わった様な夢と現実の境目の様なボヤけた様な感覚があった。
自分よりも少し上の方に男性の顔があった気がした。
自分の中に沢山のハテナマークが浮かんだ。
まだ頭がボヤけていたのかも知れない。
目の前の男性が慌てている様と夢の中が交差する。
一瞬だけだけど夢の中に戻った。
夢の場面が反転したわけではないが、何か黒い影の様なモノが上から襲いかかってきた錯覚におちいった。
夢の中の自分は咄嗟に自分の腕の中にいる自分よりも、小さな何よりも大事な存在であるつむぎを守る様に抱え込みぎゅっと目を瞑った。
それと同時に身体の上に大きな衝撃があった。
そんなに痛くは無かったが、身体の上に何かが落ちてきた事は分かった。
そうして自分の腕の中にはつむぎは居ない。
コレが現実だという事も分かった。
一体、な、何が起こったんだ?
もう一度ゆっくり目を開けると、慌てた顔をしたマモルさんが自分(私)の上に覆い被さる様に目の前にいた。
身体中が固まった気がした。
全身が震えて動けない。
それと同時に部屋の扉が開いた。
目線だけなんとかドアの方に動かした。
開いたドアの向こうには、驚愕な表情のつむぎとミユさんがいた。
「マモルさん! どういう事! そこからどいて!」
つむぎがそう言いながらすごい勢いで駆け寄ってきた。
「誤解だ! じ、事故なんだ!」
そう言いながらマモルさんが慌てるように、だけど自分(私)には負担が無いようにソーっと上から下りてソファーの前に立った。
自分(私)はまだ上手く身体が動かないが事故というのを聞いて少しだけ冷静になれた。
確かにマモルさんは自分の事をそんな風に見ていた訳ではなかったと思うし、寝ぼけていたからハッキリは思い出せない。
覚えている頭の中の断片的な場面場面を、整理してみた。
マモルさんは初めから自分に襲いかかろうとしていた訳ではなくて、自分の横で何かをしていた。
まだ寝ぼけていた自分(私)と目があった時、慌てた様に自分(私)に訴えかける様に、何かを言い、足を滑らせて倒れかかってきたっていうのがしっくりきた。
夢の中では黒いモノが襲いかかってきていたから自分(私)自身も誤解してしまいそうだったが、何とか思い出せた。
そんな風に状況を整理するにつれて自分の力が抜けてきて、震えも止まった。
自分は起き上がりソファーに座り直した。
「ウタちゃん、大丈夫だよ。私がいるからね」
そう言いながらつむぎは柔らかい笑顔で自分を見た後、マモルさんの事を睨みつけた。
この状況ってマモルさんは事故だと言っているし自分も事故だと理解したけど、周りには誤解が解けてないって事だよな……。
つむぎにマモルさんに襲われかけたと思われているのか……。
それはすごく恥ずかしいし、嫌だけど、自分(私)の気持ちをつむぎから隠すのにすごく都合の良い状況なのかも知れない。
つむぎに好きな相手や大事な相手が出来るのを側で見るのは辛いけど、だけど自分の気持ちが知られなければ、ずっと何食わぬ顔でつむぎの側にいる事が出来る。
マモルさんの誤解をといてあげなければならないのに、そんな風に自分の事ばかり考えた事がいけなかったのかも知れない。
マモルさんの足元に自分が風呂場に忘れてきてしまったあの黒いパスケースが落ちている事に気がついた。
ど、どうしよう。
まだ落ちているだけだけど、あの中身を絶対つむぎや他の人に見られちゃまずい。
自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
ミユさんの後ろからいつの間にか来ていた渉さんと創さんも「何の騒ぎだ?」と言いながら自分達を見ていて、マモルさんは更に青い顔をしている様だったけど、自分はそれどころではなかった。
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