第60話 何で今更、コイツまで (渉視点)


 今、浴槽の湯船に男二人で浸かっている。

 

 先程まで緊張でどうにかなりそうだったのに、今は胸糞悪い気持ちでいっぱいだ。


 なんとなく苛立つ気持ちを温かい湯で身体を落ちつかせながら俺は小さく息を吐いた。



 そう、男二人と言っても、隣にいるのは……。


 

 いつものすかした様な爽やかな笑みではなく、睨みつける様な顔でマモルがこちらを見ていた。


「はっ、あの爽やかな演技は止めたのか?」


「なんの事かな?」



 マモルはまた表情を笑顔に戻した様だが、黒い俺に対する不穏な空気は隠せていねーな。



 俺も先程、創が浴槽から立ち上がると同時に立ち上がろとしていたが、マモルから小声で引き止められた。


 多分、創は気づいてなかったとは思うが……。



「渉君とゆっくり話してみたかったんだよね。昨日は渉君、のぼせているみたいだったし」


「俺は別にお前と話す事なんてねーけどな」


 もうちょっと苛立ちを隠す必要もあるんだろうが、創と良い雰囲気だった所も邪魔されて、しかもなんだか話すきっかけも失ってしまったような気がした俺は無性に腹が立ってしまっていた。



 マモルが来たからといって俺も気にせず創と話したり、堂々としていれば良かったんだろーが、表面的に取り繕ってしまった。


 それに……。



 俺や創を見るコイツの目つきが明らかに昨日とは違う。



 創に対しては欲を含んだ目つき、そして俺には……。


 

 やはり同じ思いを抱えているとそいつの見えたくねー所まで見えちまうのかもな。


「創君と随分仲良くなったんだね?」

「それ、昨日俺がお前に言ったセリフだな」

「そうだったかな?」


 マモルは昨日話していた時の余裕が全くなくなってしまっている事が伝わってきた。


 昨日までは確かにコイツの気持ちは明らかにミユさんに向いていた。


 その事を知って何故無性に安心したのか昨日は全然気が付かなかったか……。


 今ならはっきり分かる。


 俺はコイツに妬いてたんだ。

 今のコイツと同じように……。


 昨日、コイツと創が急に仲良くなった気がして俺は本能的に焦ってたんだな。


「お前……マモル君だってミユさんと仲良くなったみたいで良かったじゃないか」


 俺は苛立ちを何とか抑えてそう言いながら笑ったが、馬鹿にされた様に思ったのか知らないがマモルが更に悔しそうな顔をした。


「今更取り繕わなくても構わないよ。確かにお前って呼ばれるよりは良いけどね。今日は四人で行動する予定だったのにどうして俺達の事を置いていったんだい?」


「創がマモル君に気を使ったんだろうな、まああの時は丁度、マモル君達を待つ余裕もなかったしな、だけど、マモル君はミユさんと仲良くなれたみたいだし、感謝されるならまだしも、どうしてそんなに怒っているのか分からないな」



 マモルは悔しがる様に自分の頭を掻きながらも言葉を飲み込んでいる様だった。



 そのまま沈黙が続き、俺は先に風呂場を出た。



 俺は初恋のあの子に、創にやっと再会できた。

 創があの子だったなら男だろうと関係ない。


 俺はあの子が女の子だったから大事だったんじゃない。


 あの子だったから大事だったんだ。


 名前をペンネームしか知らなかったから中々気づかなかったし、アプローチも出来ず、むしろかなり嫌な態度をとってしまった。



 今日、気付けたのはギリギリセーフだったのかもしれねー。



 それなのに、なんで今更、アイツ、マモルまで創の事を気にしてやがんだ。



 まあ、表面的には演技をしている様だったが本性があんなに可愛い性格してんだから気づく奴は気づいちまうのかもな……。


 明日からは全員、一度休暇に入るんだったな。

 休暇は確か一週間、撮影は後、半分ぐらいか。



 連絡先ぐらい、今晩は聞いとかねーとな。



 そう思いながら俺は創が居るであろう部屋に向かった。



 もう、寝ちまってたらやべーな。

 マモルに足止めくらってる場合じゃなかったな。



 そう思った俺は足を早めた。



 




 

 

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