第58話 大きな賭け (つむぎ視点)
「グフフッ」
耳元の少し向こうから怪しげな声が聞こえてくる。
ええとココ、何処だっけ?
学校行かなきゃ、もうすぐウタが迎えにきちゃう。
そんな風に寝ぼけマナコで薄目を開けた私は、目の前のシンプルだけどお洒落な壁紙と少し高そうな部屋の内装が目に入りココが何処か認識した。
ええと......今日の私の部屋の相手はシホちゃんだったっけ?
という事はさっき聞こえてきた声はシホちゃんって事だよね、落ち着いたお姉さん風な見た目なのにあんな声も出すんだねー。
シホちゃんは可愛らしいノートに何かをメモしているみたいだった。
メモしている様子はいつもの、余裕のある感じの良いお姉さん風じゃなくて、顔が緩み切っていて、ニヤニヤしていて、少しだけ気持ちが悪い……。
なーんて、こんな風に思っちゃってゴメンなさい、シホちゃん。だけどいつものシホちゃんと違いすぎるよ……。
私は薄目を開けたままどうしようかと観察していたけど、とりあえずわざとらしく大きめな声を上げて背伸びをした。
シホちゃんは慌てた様にノートを閉じて表情もいつもの様に取り繕った。
「つむぎちゃん、起きたの? まだ夜だよ? 寝てても大丈夫だよ?」
シホちゃんの声は普通そうに見えてかなり焦っているみたい、あのノート、何を書いているんだろう?
「シホちゃんはまだ寝ないの?」
「もう寝るよ。そう言えば明日から一度、家に戻るんだよね?」
「そうだよ。シホちゃんの家は遠いの?」
私とウタは都会暮らしじゃない。
まだ高校生な私達は本当は親元に帰らなくてはならないのだと思う。
「うん。遠いよ。明日は久々に地元に帰るんだ。つむぎちゃんは?」
「私達の実家も遠いんだ。でも私の親戚の叔父さんの家が近くにあるから休暇の一週間はそこに行く予定」
何気なく明日からの生活に思いをはせながらシホちゃんとお喋りしていた私は思わず口が滑ってしまった事に気づかなかった。
「達? 私達って?」
「あっ……」
思わず口元を抑えた私にニヤニヤしながらシホちゃんが近づいてきた。
何か誤魔化した方が良いかな?
「もしかして、私の知らない所で、もうカップルって成立しているの? 誰か男の子も連れて行くの?」
なんだか当たり前の様に私が口を滑らせたもう一人を男の子と思われてしまう事に私は腹が立ってしまっていた。
落ち着け私。
この部屋にはカメラがあるのよ。
番組的には私がまずい事を言ってしまったとしたって編集で何とでもしちゃうんだろうけど。
もちろん『私達』のうちのもう一人はウタだ。
ウタの両親には私は信頼されているし、折角の休暇に態々、実家に帰るのも一週間しかないのに、疲れは取れないだろうという事と、番組側も配慮はしてくれるけど、交通費の問題もあるし、丁度、この撮影場所からそんなに離れていない所に叔父さんの家があるという事で、私とウタは、ソコに休憩中は行く事になっていたんだ。
「違うよ。私とウタは幼なじみなの!」
思わず私はそう言い返してしまったけど番組的にはokだったかな?
シホちゃんが私の話を聞いた後ぐらいからかなり鼻息が荒くなっている様に見える、なんだかさっきよりもっとニヤニヤしているし、ちょっと怖い。
まあ、それは良いとして……。
私が本当に怖いのは番組が終了してからだ。
今回私はかなり危険な賭けをしているかもしれない。
私が番組側に言っている夢の内容は、性の悩みで堂々と生きれない人達(私やウタも含めて)が当たり前に受け入れられる事。
それについての課題がどんな風に反映されるかはまだ分からないけど、撮影が終わって、番組が始まってからの私達の生活が今まで通り送れるか分からない。
私がこの撮影中に、カメラの前でウタへの気持ちを我慢できなくなってしまうかもしれないから……。
それに……。
私は自分の憤りや興奮を抑えながらもシホちゃんを見た。
私と目があったシホちゃんは深呼吸をしながらまた表情を整えているみたいだった。
そうしてきょとんと真顔になった後ふわっと笑った。
その笑顔は本当に綺麗でなんていうか独特な色気も含んでいる気がした。
そんなシホちゃんは、実際には何を考えているか分からないけと、出る所が出ているし、腰も細い。
肌の色も白いし、顔も小さい。
流石モデルさんという感じだ。
さっきはちょっと面白い顔をしていたけど、ふとした時にとても魅力的な表情をするし、素敵な女性だと、今日一緒に行動して分かった。
ウタの心の中は私の予想だけど、多分、男の子なんだと思う。
ウタにはシホちゃんがどんな風に映っているんだろう?
私はこの番組に参加してウタの気持ちに変化があるかもしれない事は予想していなかった。
私はウタから好かれていると安心しすぎていたかもしれない。
だけど、こんなに近くに魅力的な女性がいたら、そっちに目が惹かれる事もあるかもしれない......。
私はウタとこれからもずっと一緒に居たい為に、今回、ウタとの参加を決めたのだけど、それは大きな賭けだったのかもしれない。
ウタの気持ちが私が思っているのと違って、予想外の方に動いてしまいそうで私は少し怖かった。
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