第56話 なんだよ! あの距離間 (マモル視点)


 今、俺は洗面所にいた。


 ウタさんが忘れた物は黒いパスケースらしい。


 あんなに慌てていたからきっと大事な物なのだろう。



 洗面所の中もなんだかかなり暑い気がした。





 湿度が高いな。




 浴室の入り口を見ると窓はかなり曇っている。




 棚には2箇所ぐらい誰かの脱いだ服が畳んで置いてある。



 今日も誰かと風呂の時間が被ったという事だな……。



 しかも、そのうちのひとつ、少し無造作に畳まれている服の方は見覚えがあった。




 あの色、創が着ていたヤツっぽいな。



 可愛らしい中性の色合いだけど派手ではなく、それとなくクールでオシャレな上着だと思っていたからよく覚えている。



 そう思うと途端に昨日の創の白い背中、線の細い後ろ姿が、惹きつけられる程の細い腰が頭に浮かんだ。



 俺は自分自身の考えにドキリとしてその考えを否定するかの様に思わず自分の頭を掻いた。



 おかしいな……。



 俺はオタクだけど……そもそもあまり三次元の人物には興味がない。



 まあ、日常はある程度普通に話をする友人は数人いる。



 だけど、俺の周りには駆け引きばかりを考えたり自分の利益を考える様な奴ばかりだった。



 そんな日常にウンザリしながらも、俺は音楽が好きで……歌を一緒にやっている奴らの事は人間性はあまり好きになれなくても仲間としては大事で。



 そんな俺の癒しは常に二次元の中にあった。



 現実と憧れとのギャップが大きすぎて画面の中のキャラ達に更に惹かれていっていたんだ。




 その中で、特に好きな一推しのキャラが、ミユたんが声をあてているキャラだった。



 あんなに好きなキャラだったのに……。



 実際のミユさんを知ってしまって、キャラに対する自分の愛も冷めてきてしまっていた。

 

 俺の愛なんてその程度なんだな……。




 ミユさんは声をあてているだけだ。



 俺の大事なあの子(キャラ)とは見た目を性格も別人だ。


 違って当たり前なのに……。




 ハー。



 俺は小さく溜息を吐きながら一番奥の棚の下に黒いパスケースの様な物が落ちている事に気がついた。



 


 あっ、ウタさんのパスケース、あった。



 良かった。




 俺はパスケースを拾って棚に置き自分もその隣の棚に上着や荷物を置いて服を脱ぎ始めだ。



 数カ所先の棚には創の脱いだ服が置いてある。



 こんな事を考える俺はやはり少し変態チックだろうか?


 おかしいな。




 俺が実在する人物をこんなにも気にするなんて。




 ミユさんを気にしていたのだって俺の推しのキャラの声だったからミユさんにキャラを重ねていたからであって今、考えると厳密にはミユさん自身に興味があった訳ではなかったのかもしれない。




 ミユさんを遠くから見つめている時はミユさんの事は上部でしか知らなかったそう思い込んでしまっていたし、憧れの人を追いかけている事は幸せだった。




 そんな俺が、創の事をこんなに気にしている。


 キャラではなく、現在に存在している創の事を......。




 創と話していると、作った自分ではなく、素の自分自身でいれる気がした。



 創も見た目、イケメンだし、本当は自分の事しか考えていないのに、上手く立ち回っている俺の周りにいる奴らと見た目や立ち振る舞いは似て見えた。



 だから始めはミユたん、ミユさんに手を出すんじゃないかと警戒していたんだ。



 だけど俺は近づけば近くだけ、創の良さを知っていった。



 駆け引きも何もなくて……。





 服を一枚二枚と脱ぎながら目線はぼんやりと創の荷物を見ていた。



 別にどうこうしようと思っている訳じゃない。


 目が自然と引き寄せられていた。



 そして、創の鞄らしきものに小さなキーホルダーが着いている事に気がついた。



 あっ、アレは俺の好きなアニメのキャラクター、犬のモーダンだ!



 あのアニメキャラの中で俺は別のキャラクターを好きだったけど、モーダンは犬のキャラクターにしてはかなり伸びきった様な個性的な顔をしていたから、確実にあのアニメのキャラだと分かる。




 創の荷物の側まで行って確認したいぐらいだけど、流石にそんな事はしたくない。



 ドキドキドキドキ。




 創もあのアニメ、見ているのかな?




 ドキドキドキドキ。




 俺の近くにいる奴らはアニメはほとんど見ないし俺も見ていないフリをしている。



 俺は俺自身を隠しているから思う存分、好きなアニメの話をする友達がいなかった。



 オタク友達もネットの中とかに数人したし、いない訳じゃなかったけど、リアルの友人があまりにあまりな性格だったのもあって俺は中々人の事が信じられなかった。



 



 あのキーホルダーはたまたま貰ったものなのかもしれない。



 だけど、好きでもないのにあの個性的な顔の犬のキーホルダーをつけるだろうか?



 今日の課題の時は別のカバンを持っていたし、あのキーホルダーもつけていなかったと思う。



 いや、注目して見ていた訳じゃないから分からない。



 マヌケなモーダンの顔(キーホルダー)はクールな創には全然似合わないけど、時々見せるトロける様な優しい笑顔にはあのマヌケ(可愛い)なキーホルダーがとても似合う気もした。




 俺は、創もアニメが好きかもしれない、その可能性に嬉しくなってしまっていた。




 他人に興味がなかった俺の頭の中は今、創で埋め尽くされていた。



 全て脱ぎ終わった俺はタオルや洗面道具を持って浴室のドアを開けた。



 開けたら浴室は曇っていて、少しだけ見えづらい。



 浴槽に二人いるのが見えた。





 その二人は創と……渉だった。



 二人の距離は昨日より確実に近づいていた。




 俺を見て少し驚いている様に見える創の顔は恥ずかしそうに赤らんでいて昨日よりも色気が倍増している。




 ライバル同士の男二人の距離間じゃない。

 少なくとも昨日、あの二人はあんなには近づいて座っていなかった。



 自分の眉間に力が入り顔が一瞬歪んでしまって慌てて俺は取り繕う様に笑った。



 二人は、空気感も付き合いたての甘酸っぱい雰囲気も見えた気がして俺は面白くなかった。


 

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