第49話 自覚してしまったら (創視点)



 自分の心臓の音がうるさいし、渉の逞しい胸の感触、そこから聞こえる渉の心音の音も、合わさり自分の身体がどんどんどんどん熱くなってきてしまっていた俺だったが、いつのまにか洗い場の前の風呂椅子に座らされていた。


 



 目の前には鏡がある。

 近づくと曇った水滴まみれの鏡の中に自分の顔が見える。



 俺、顔、真っ赤だ。


 耳まで赤い。


 こんな俺を見て渉はどう思うだろう?


 まあ、渉は俺があまりちゃんと見えていない事に気づいていたみたいだし、普通に心配してくれているのかもしれないけど……。



 今までなんとかクールに振る舞っていたつもりだったし、昨日までは番組の思惑通りになるべくライバル同士の様に振る舞っているつもりではいたのだけど……。


 なんか今の俺は渉の前では素に近くなってきてしまっているだろうか?


 だけど、俺の書いたものをあんな風に言われたら嬉しすぎて、今までみたいなそっけない態度をとるのが難しいよ……。


 まずいな。



 まあ、そもそも一般人で演技も出来ない平凡な俺がクールになりきるなんて、皆を騙そうなんて無理な話に近かったよな。





 なんて、そんな事を考える前に身体をさっさと洗ってしまおう。


 とりあえず身体と頭を洗ってしまって、洗面所まで無事に辿り着けば、この空間からでる事ができる。





 この熱くて仕方がない身体と、病気じゃないかと勘違いしてしまいそうなこの心臓の音をなんとか落ち着かそうと俺は必死だった。



 俺は多分、渉が好きだ。


 今までこの考えから逃げていた。

 別に同性が好きだからっておかしな事だとは思わない。


 今の時代、別に珍しくもない。


 だけどそれが自分自身の事となるとそうはっきりも言えない……。


 



 元々俺は女の子が好きだと思っていた。

 思っていたけど……本当にそうだったのだろうか?


 


 よく考えたら、今まで一番楽しい、そう思っていたのは、あのチョコレートが好きな、あの男の子とのあの時間で、今考えるとあれが俺の初恋だったのかもしれない。



 あの男の子は綺麗な顔をしていたし、イジメられていたみたいだった。俺が守らなくちゃと思っていたし、守りたいと思っていた。



 身体を洗いながら渉が隣にいる現実を忘れようと昔の事を考えていたそんな時、何かが飛んできたのと同時に大きな音が響いた。


 それは俺と渉の使っていたシャワー音よりも大きな音だった。


 色や形から渉の洗面器がバランスを崩して落ちて隣で身体を洗っていた俺の近くまで転がってきたのだろう。


 あまりに驚いた俺はやっと落ち着いてきていた心臓が止まるかと思ってしまうほどビックリして、心音も再び早く打ち出した。


「ゴメン」


 渉はそう言いながらすぐそばまで来ていた。

 そして俺の足元をじっと見ていた気がした。


「大丈夫」


 慌てながらも俺はなんとかそう返事をした。




 渉ってあんなに素直に謝るんだな……。


 なんだか意外だった。




 なんか自分の気持ちを自覚したからか、渉の顔を直視できない。


 ほんの少し前までペラペラ喋っていた俺よ何処に行ったよ。

 好きな物語の話、渉ともっとしたかったのに、こんなんじゃちょっとした会話だってできやしない。



 幸い渉は洗面器を拾ってすぐにまた元いた場所まで戻って頭を洗い始めたみたいだ。


 俺が顔が赤かったりするのも気づいてなかったのかな?


 それともかなり驚いたから顔の血の気が引いて赤みも消えていたかな?


 まあ、どっちの顔色だったとしても、渉は変に心配をしそうだから気がつかなくて良かった。

 冷たくみえて、結構、渉ってお人好しって言うか世話やきだよな。


 そんな風に考えながらも、俺はなんとか慌てて身体と頭を洗い再び洗面所まで戻ろうと立ち上がり歩き出した。


「おい、どこへ行くんだ? 浴槽はそっちじゃねーぞ?」


 渉の声に振り返ると、渉がいつのまにかすぐ後ろまで来ていた。


 慌ててきたのかまだ身体の泡が取れていないようだ。


「分かってるよ。もう上がろうと思って。大丈夫だよ。ちゃんと流さないとまだ泡が取れてないみたいだけど?」


 渉は恥ずかしそうに洗い場まで戻りシャワーをかけて残っていた泡を落としながら「そこで止まっていろ。今日は結構大変だったし、ちゃんと風呂に入った方が良い。シャワーだけじゃ疲れも取れねーし湯冷めしちまうだろう?」そう叫んでいた。



 俺はすぐにでも歩き出し洗面所に行きたかった。


 だけど渉の言葉も嬉しくて、うまく喋れなくてももうちょっと渉と一緒に居たかった。



 そんな風に迷っていたら渉はすぐに追いついて俺の腕を掴んで浴槽まで誘導した。



 確かに今日は疲れた。



 本音を言えば風呂に入りたかった。


 昨日マモルには長湯はしないって言ったけど俺は本来風呂は好きだ。


 ゆっくり湯船につかるのも好きだ。


 だから風呂には本当は入りたい。



 だけど……。





 結局俺は渉と二人で湯船に浸かっている。


 なんか好きって自覚したからか、いつもよりめっちゃ緊張する。


 すぐ近くに渉がいる。

 しかも俺と同じで裸だ。


 同じ男なのに、昨日よりなんか……は、恥ずかしい。


 渉が自分自身の身体を触っているのか湯船が揺れる。


 今、また俺の顔は赤い気がする。


 チラチラっと俺は渉を見た。


 渉はなんか目を閉じている。


 俺はここぞとばかりに渉の顔をジロジロと見ていた。


 渉も少し、顔が赤いかな?


 まつ毛長いなー。


 体格いいからそんな風に思わなかったけど渉って本当、女の子みたいに綺麗な顔しているよな。


 初恋のあの子に似てるから俺は渉の事が気になるのかもって思っていたけど……それだけじゃなくて、渉ってやっぱり格好良いし、なんか可愛いなー。


 俺はメンクイだったんだな……。



 そんな風に思っていたら、渉が急に目を開けてこちらを見たから思いきり目があって俺はびっくりして顔を背けた。



 ドキドキドキドキ。

 また俺の心臓がうるさい。



 あー、びっくりした。



 

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