第48話 もしかして創は......。 (渉視点)

 慌てるようにして浴室に入っていった創を俺も早足で追いかけた。


 浴室の中に他の人の気配は無いようだったが、ちょっと前まで誰かが入っていたのか室内がかなり曇っていた。



 多分、誰かが熱いシャワーでも長く浴びていたんだろう。


 


 それにしても、昨日創は入浴中、確かに眼鏡をかけていた。


 普通、風呂に入るのに眼鏡をかけて入る人は中々いない。



 俺は目が比較的良い方だからさほど困った事はねーが、仕事柄、身体の不自由な人達と関わった事もある。



 目がよく見えないと、どんな弊害があるのかある程度は知っているつもりだ。



 創がどれくらい目が悪いのかよくは知らねーが、初日の夜も、リビングであった時、確か眼鏡をかけていた。



 もしかして創はかなり視力が悪いんじゃねーか?


「無理しているんじゃねーのか? そう言えば昨日は眼鏡をかけていたよな? 今日はそのままだけど大丈夫なのか見えているのか?」



 俺がそう声をかけても創は構わず先に行ってしまう。



 しかしやはりいつもの創と動きが違う気がした。


 昨日はもっと足取りが軽かった気がしたんだが……。

 まあ、今はこんなに曇っているし、用心して足取りもゆっくりなるのは当たり前かもしんねーが、それにしたって遅すぎる。


 俺は慌てて創の近くまで足を早めた。



 洗い場のすぐ近くで、創がふらつき俺は駆け寄り慌てて後ろから支えた。


「危ねーな。やっぱりあんまり見えてねーんだろう?」


 

 あまりに驚いて心臓の音が早くなり声も裏返ってしまった。



 創の肌の感触、心音を自分の肌で感じ、俺自身の心音も早まった。


 男同士が裸で触れ合ったとしても、そんなの、プロレスや相撲なんかじゃ当たり前の事だ。



 こんな事で身体に変化があろうものならいろんなものが終わる気がする。


 男同士でそんな事になる訳がねーのに、そんな事を言ってられねーぐらい自分の身体が熱くなってきた気がして、俺はそうなってしまう前に慌てて創を洗い場の付近のその辺に転がっていた風呂椅子まで誘導し座らせた。



 ドキドキドキドキ。


 自分の心臓の音がうるせー。



 なんか危なかった気がするがなんとかセーフだ。



 俺も創の隣に座り、何食わぬ顔で自分の身体を洗い出した。


 創も身体を洗い始めたみたいだ。


 お互いのシャワーの音が響いて洗う事に集中していたら俺は少し冷静になれた気がした。


 この浴室の洗い場は二人ぐらいが洗えるスペースがある。


 それぞれに目の前には鏡、シャワーと手元にも湯が出せるように蛇口がついている。


 鏡や手元の蛇口の下にはそれぞれに洗面器を置けるスペースもある。



 俺はやはり緊張していたのだと思う。


 何気なく、使った洗面器をそのスペースに置いた時、洗面器がバランスを崩して下に落ちた。


 浴室の中にシャワー音の他に洗面器の落ちた音も響いた。


「ゴメン」


 とっさに謝って慌てて洗面器を拾おうと立ち上がった。


 近くに座っていた創には湯はかかっていなかったが驚かせてしまった。


「大丈夫」

 そう言っている創の顔はあまり大丈夫そうに見えない。


 目が見え難い所で大きな音を立てられるなんて怖いに決まっているよな。


 洗面器は創の足元に転がっていた。


 俺は急いで拾おうとしゃがみ込んだ時、創の足首に大きな傷痕があるのが見えた。



 俺が小学三年の頃、初恋だったあの女の子に俺のせいでつけてしまった傷と同じ場所に、同じくらいの大きさの傷があった。




 俺は今まで考えた事が無かった可能性が頭をよぎった。


『いつか、作家になりたい、そう思っているんだ。内緒だよ?』

 あの子が言った言葉。

 

 あの子のペンネームが載った台本。


 



 


 あり得る訳ないと頭をふり、見なかったふりをして洗面器を拾う。


 グルグルとその可能性が頭を回る。

 あの子の笑顔と創の笑顔が浮かんで俺の頭の中で二人の笑顔が綺麗に重なる事で、その考えを肯定していく。



 まさか、まさか、創は……もしかして……。



 俺は自分が座っていた風呂椅子になにくわぬ顔をして座り直したが、シャワーを頭からあびながら今日、同じ部屋なのにどうしようとか、この後も俺は普通に接する事ができるのかとか、考えれば考える程、どうしたら良いか分からなくて早く頭を洗わなくてはならないのに、上手く動けずにいた。



 

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