第47話 色んな意味で危ない空間 (創視点)
眼鏡を忘れてしまったけれど、丁度良かったかもしれない。
俺は早くなってきた鼓動が中々抑えられず顔や身体がほてってきている気がしていた。
まだ服も脱いでいる途中で風呂場に行ってもないのに……。
俺が動かなくなったからか渉が不思議そうにコチラをみている。
と思ったら真っ青な顔をしながら渉が俺の真横にきて、俺の背中をさする様に触れた。
渉は先程まで服を脱いでいる途中だった為、現在上半身は裸である。
すぐ横に逞しい渉の肌があり、変わらず腕は俺の背を撫でている。
「気持ち悪くなったのか? 水か何か持ってくる」
そう言い俺を隅にある椅子に誘導しようとしている。
声もいつもより優しい。
もしかしてそんなに嫌われていないのかもしれないと錯覚してしまいそうだ。
半分服を脱ぎかけたままの間抜けな格好の俺だったがとりあえず脱ぎかけた一枚は脱いで平気そうに笑顔を作った。
俺が動かなくなったから気分が悪くなってしまったんだと渉が誤解したんだな。
「違う違う、大丈夫だよ。ちょっとボーとしちゃっていたんだ。あっ、全部脱ぐ前にコンタクトを先に外さなきゃ」
俺は抜いだTシャツを棚の上に置き渉が支えようとしてくれていた腕から逃れ洗面台にむかい、手早くコンタクトを外した。
途端に視界はボヤけてしまった。
昨日と違ってココには眼鏡はない。
俺はかなりの近眼だ。
それは目の前まで顔を近づけないと相手の顔がはっきり見えない程、度がきつかった。
だけど色などでなんとなく配置や輪郭は分かるし、今更眼鏡を忘れたからって取りに行くのも……。
この時俺は甘く考えていた。
いつも裸眼の時は殆ど眼鏡をかけて過ごしていたから、外して行動したらどうなってしまうか、目が見え難い人にとって風呂場がどんなに危険か認識が甘かった。
しかも、自分がいつも以上に動揺してしまっている事にあまり自覚がなかった事も状況をかなり悪化させていたのかもしれない。
視界がボヤけた事で渉の表情も、逞しく格好良い姿も見えにくくなって、ドキドキも収まるかもしれないから丁度良い。そんな風に思っていた。
俺は手早く残りの服も脱ぎ、ボヤけた視界の中でもなんとか感覚で、自分が服などを置いていた棚に残りの脱いだ服も置き、浴室に向かって歩き出した。
そんな俺の背後から渉の気配を感じる。
軽く振り返ってもぼんやりとしか見えないが、渉も服を手早く脱いでいるようだ。
俺はなんだかドキドキはおさまらず、早く風呂に入ってさっさと上がってしまおうと足を早めた。
「無理しているんじゃねーのか? そう言えば昨日は眼鏡をかけていたよな? 今日はそのままだけど大丈夫なのか見えているのか?」
浴室に入ると洗面所よりも更に湯気がすごい。
多分、俺達より前に入っていた人がかなり長くシャワーにかかっていたのかもしれない。
湯気に包まれた浴室内は更に視界を悪くした。
これはまずい。
変に適当に歩くのも怖い。
まさか、流石に床に石鹸は転がってはないだろうが……。
俺は自宅ではもちろん風呂に入るのには裸眼で入る。
しかし、自宅の風呂場はココの風呂場の様に広くない。
せいぜい二畳ぐらいの広さだ。だから見えなくても、そんなに歩く必要もないし、さほど危なくもない。
それに比べてココの浴室は温泉や銭湯ほどは広くはないが、家庭用の風呂場の六倍はある。
俺はこの風呂場は昨日と一昨日とすでに二回使用している。
と、言ったって、両方とも眼鏡をかけていたし、まあ眼鏡をかけていたとしてもこんだけ熱気がこもっていたら前が見え難いくらいには曇ってしまうんだけど……それになるべく早く上がろうと思っていたから配置などもそんなに気にして入っていなかった。
俺は早く風呂を済ませたいと足を早めたい気持ちはあるが、流石に危ないと思いゆっくりと洗い場を目指した。
もう少しで洗い場という所で少し安心したのかふらついてしまった。
危ないと思ったらすぐに温かい肌に包まれた。
背後にはいつのまにか渉がいて、俺は渉に支えられていた。
「危ねーな。やっぱりあんまり見えてねーんだろう?」
背中には渉の硬い胸板があたる。
気のせいかもしれないが渉の鼓動が聞こえてきて、俺の心臓の音と一緒に早くなってきている気がして、俺の身体中が熱くなってきた気がして落ち着かなくなってしまった。
早く離れなきゃと思うのに思うように足が動かない。
時間が経って来たからかようやく湯気が減ってきて先程よりは視界が見えやすくなって来た。
この距離なら今、振り返ったら渉の顔もはっきり見えてしまう。
早く逃げたい。
色んな意味で危ない空間に来てしまった。
ドキドキドキドキドキドキ。
心臓の音がうるさい。
だけど渉の心臓の音もやはり同じぐらい聞こえる。
ドキドキドキドキドキドキ。
早く離れなきゃと思うのに、思うように身体が動かなかった。
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