第45話 ちょっとだけ泣きそうです (創視点)

 



 俺はとにかく嬉しくてたまらなかった。


 自分の書いた物語はなんというか子供みたいなものだ。


 しかも、生まれてきたとしても、誰の目にも触れず、気づかれないまま……と言う事もある。


 というか今まではそれがほとんどだった。




 作家になりたい。


 そう思う事は自分が形にしてきたモノ、育だててきたモノを誰かに見てもらいたい、そういう気持ちがあったからかもしれない。



 渉が俺の物語の事を語ってくれるのを聞いて、評価してくれているのを聞いて、なんだか自分の中に甘くムズムズとした甘美なモノが生まれてくる様な気がした。


 それは味わったことの無い様な魅惑的な心地よさだった。



 俺は幼い頃から創作をする事が好きだった。



 だけどそれは自分自身に自信が持てなくて……。

 物語の中に自分がなりきれない理想を詰め込んでいたんだ。


 物語の中の自分はいつだってなりたいモノになれた。


 言いたい事も言えた。



 なんだか俺は夢見心地な気分だった。


 人の感想をしかも嬉しい感想を聞く事がこんなにも嬉しい事なんて、俺は今まで忘れてしまっていた。



 俺がチョコレートをあげていた男の子を忘れられなかったのは、彼も俺の物語を好きでいてくれたからだ。


 それはちっぽけな俺自身を評価してもらった様な、俺は俺のままでこのままで良いって言ってもらっている様なそんな気がしたんだ。


 渉の好きな作家は俺が好きな作家でもあって、渉の事をもっと知りたくなったし、もっといっぱい話がしたい、そう思った。


 俺はかなり興奮してしまっていたのかもしれない。


 ココには恋をする為に来ているのだとか、渉とはライバル同士に見られているとか、渉自身に嫌われてしまっているかもしれないとか、それよりも何よりも、今この瞬間、いっぱい渉と話がしたい。


 どんな物語が好きとか、こういう物語が作りたいんだとか、自分の中だけに抱えていた書きたいモノについて、渉に全部さらけ出してしまいたくなった。



 俺はかなり単純な奴なのかもしれない。


 気がついた時には俺は洗面所にいて、隣には渉がいてお互いに服を脱ぐ所だった。



 俺は嬉しすぎて頭がお花畑になっていたのかもしれない。


 俺の勢いに渉が戸惑っている事がよく分かる。


 数十分前まであんなに渉と距離を置いていたのに、いつの間にか俺はあり得ない勢いで渉との距離を縮めていた。


 それは俺自身がびっくりするほどにだ。



 渉はもともと俺様気質で、少し強引で、だけどそんな中でもちゃんとした他人との線引きみたいなものがあって……。だから、周りからもリーダーの様に頼られてしまうのかもしれない。



 その割にはこうして俺みたいなのが強引に距離をつめても嫌がったりしない。



 我に返った俺はなんだか自分の行動が急に恥ずかしくなってきた。



 だけど、今更だ。



 それに、早く風呂に入ってしまわないと、寝る時間がまた減ってしまう。

 今日はかなり汗を掻いたし、髪にいつのまにか泥も着いている。



 俺も渉にならって服を脱ぎ始めた。


 ここの洗面所の広さは五畳半ぐらい、家庭用の洗面所よりは少し広い。



 だけど、そんなにスペースはなくて、なんとなく湯気が立つようなムワッとした空気が、身体を熱くする。



 渉は戸惑っている様にも見えていたが、上着や無地のTシャツの様な下着を勢いよく脱いでいく。



 それはそうだ。


 俺達は男同士、何も恥ずかしがる事はないんだ。



 なのに、俺は渉の裸の上半身を目の前にして、チラ見した筋肉を目の前にして、急に動悸が激しくなった。



 十分前の俺、何で一緒に風呂入ろうなんて言ってしまったんだ。



 ドクドクドクドクドクドク。



 俺の鼓動がうるさすぎる。


 渉と色々な話をしたいと思っていたのに、こんな事考えている俺はどこかがおかしいんだろうか?



 今更やっぱり嫌だなんて言えない。



 あっ、服を脱ぐ前にコンタクトも外さないと、あっ眼鏡を持ってくるの忘れた。


 髪も洗いたいのに……。



 上の服を脱ぎながらもたついていたら不思議そうな顔で渉がコチラを見ている。



 もう、俺の事は気にしないで、早く風呂場に行ってくれ!



 そんな事言ったって、俺、自業自得だけど……。


 はぁー。


 ちょっとだけ泣きそうです。



 

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