第39話 今日も俺は寝れないだろうな……そう思った。(創視点)



 渉と俺の息遣いが暗闇の中に響き渡る。

 真っ暗な空の中、俺と渉は走っていた。


 もうタイムリミットの19時だ。


 時間は過ぎてしまったが課題はクリアとなるのだろうか?



 だけど合宿所までもうちょっとで辿り着く。


 足が長い分、渉の方が足が速い。

 そもそも体力、運動神経共に負けている。


 俺は妹に今回の話を持って来られるまで、あまり体育以外の運動はした事が無かった。


 暇さえあれば創作ばかりしていたインキャだったんだ。


 短期間の間にそんなに体の中身まで変身できる訳がない。



 だけど、俺に合わせて渉が走るスピードを抑えてくれているのは分かっていた。



 あれからこの時間までアッと言う前だった。


 福祉の課題は難しい。


 困っている人を自分から見つけるのは難しい。


 そう思っていた事が嘘のように立て続けに困った人に出くわした。



 それは多分番組的には美味しい話だっただろうけど、俺や渉にとっては嵐のような1日だった。







 あの後すぐ女性の大型犬の散歩中に出くわしたのだが、突然その女性の飼い犬が興奮しだしすごい勢いで走り出した。


 女性の力では犬の勢いを抑える事は難しく女性は手づなを離してしまった。


 俺達はその様子を見てすぐにその犬を追った。



 さすが大型犬。長毛をなびかせて走っていく姿は無駄が無い。俺はちっとも追いつけずかなり情けないことになってしまったが渉がすごいスピードで追いかけなんとかその犬に追いつく事ができた。


 渉が捕まえたと言うより、大型犬がある場所に着いたとたん立ち止まり、一方向を見つめて大きく数回吠えた。



 その声は俺達に何かを教えている様だった。





 そこからが怒涛のようだった。



 犬が止まって吠えた場所は用水路のすぐ近く。



 耳をすますと下の方から小さな声が聞こえてきた。


 小さな小さな消え入りそうな掠れ声だったがそれは助けを呼ぶ声だった。



 事態は急を要すると俺はかなり慌てていたが、渉は落ち着いていた。


 こういう時、側に冷静に対処できる奴がいると本当に助かる。



 俺は今回の課題で渉に対する見方が随分変わったし、コイツには今の俺では何をやっても敵わない。


 ライバルの様に周りやスタッフ達から言われているが、俺は全然そんな立場じゃない。そう思った。



 俺達は犬を飼い主の女性に渡し、渉と二人で声のする方を注意深く見た。



 用水路の水深自体はそんなには深くない(足首ぐらい浅い)ものの落ちてしまったら成人男性でないとよじ登ることが難しいぐらいの深さはあり、そちらの方から声がするという事は誰かが落ちてしまったのだろう。


 目をこらして見てみると高齢の女性の様だった。


 手を貸して引っ張りあげる事は難しそうなひ弱そうなおばあちゃんだった。




 渉と近くを歩いていた成人男性の力も借りて一人下に下りて下から抱え上げたりしながら、なんとか高齢女性を用水路から引っ張り上げた。


 大型犬の飼い主の女性が救急車を呼んでくれた。


 その女性のワンコは元救助犬でリタイヤしたのを機に引き取ったのだそうだ。



 高齢女性の家族には中々連絡がつかず、渉と二人で救急車の中にも付き添った。


 少し衰弱してはいたが、大事には至らなくて、病院に着いて駆けつけてくれた高齢の女性の家族とバトンタッチできたのだ。



 ぶっちゃけ俺は今回、もう一つの課題である写真を撮る暇が無くて、病院の外のバス停で、夕日の写真と渉の写真を数枚しか撮れなかった。


 しかも渉には無理矢理モデルになってもらったからか、表情は不機嫌そうなシカメ面。



 役者ならもうちょっと良い表情をしてくれても良いのにと俺は思わず不満を漏らしてしまった。



 渉からもお返しに写真を撮らせろと言われ緊張で表情がこわばっていた俺だったが渉は俺の顔の側まで自分の顔を近くに寄せて自撮りをしていた。



 めっちゃ近くに渉の顔があって、心臓の音が渉に聞こえてしまうんじゃないかと思って気が気じゃなかった。




 そうしてなんとか合宿所に辿り着いた。



 時間は19時15分を指している。



 やはり時間を過ぎてしまった。



 玄関口にはもう俺達以外の靴が揃っている様だった。



 俺達の後のグループは19時半がタイムリミットだったのに、もう皆帰ってきている様だった。



 今回の順位、カメラはリアルタイムでの視聴者投票だったんだが、年長者の貴幸君がトップでマモル君が二位だった。

 マモル君が二位だった写真はあの俺と渉とミユさんのスリーショットで俺の情けない顔がアプリのトップのかなり目立つ位置に載っていて、なんだかいたたまれなかった。



 今回、福祉の課題は全員に同等の点数が入った。


 確かに、困った人を助けると言ったって程度によって重みも違う。


 今回の課題は皆、それぞれ学ぶ事が出来たと思うと坂下さんが良い感じにコメントして解散となった。



 今日は貴幸君が一人部屋。その他は誰も両思いになれず、ランダムだったのだが、何故か俺は渉と同じ部屋となった。



 昨日までの俺ならなんとか眠れたかもしれないが、目を閉じると、二人で自撮りをした時のすぐ近くにあった渉の顔と頬にあたる息遣いを思い出してしまいそうだ。



 

 今日も俺は寝れないだろうな……そう思った。

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