第25話 落ち着け俺(渉視点)
俺はゆっくりと湯船に浸かっていた。
少しぬる目ではあるが温度が高めの風呂はあまり好きじゃないから俺には丁度いい。
この合宿所の風呂は一つしかないが、家族風呂ぐらいの大きさがある。
銭湯程の大きさはないけれど、大人四人がゆっくり浸かれるぐらいの広さだ。
初日はジャンケンで入る順番を決めていたが、皆、この生活に慣れてきたからか、それぞれ好きな時間に入る事になった。
流石に女性と入る時間がぶつかるとまずいから女性は女性、男性は男性だけと、時間帯をずらして入っていた。
もう女性は四人とも入ったという事だから慌てる事もない、だが他の男どもと時間が被るのも微妙だった。
こんな広い風呂に入るなんて今までの俺の人生であまりない事だった。
必死で生きてきた。
今まで、のんびり過ごすそんなことを考えられないくらい夢中で毎日を過ごしてきた。
俳優の仕事を始めたからと言っても、有名な訳でもないし、前よりも少し生活が楽になった程度だ。
この仕事はここで過ごす間の生活は保証されているし、何よりこんなにゆっくり過ごせるなんて久々な気がする。
現在でも何でも屋の仕事も下宿先の手伝いも辞めれた訳じゃないから。
だが、ゆっくりと言ったって色々な所にカメラはあるし、気ははるんだが……。
まあ流石に風呂場と洗面所にはカメラはないみたいだけど……。
浴槽に寄りかかりながら俺は大きく伸びをした。
大きく深呼吸した後、浮かんできたのはマモルと話している時の創の笑顔。
創の柔らかい笑顔を思い浮かべた瞬間、俺の心臓が激しく跳ね、俺は風呂の中で思わずバランスを崩した。
と言っても湯の中に顔を突っ込むぐらいバランスを崩して訳じゃない。
だが、こんなうろたえまくっている姿を他の奴に見られる訳にはいかねーな。
俺は水滴が着いた髪の水分を片手で軽く払い整えて平静を装い周りを警戒した。
その時、洗面所に人の気配がした。
もう次の奴が入ってきたか……。
俺は浴槽の縁に置いてあったタオルを持ち立ち上がった。
他の奴と一緒に風呂に入るなんて、たまったもんじゃない。
その時、浴室のドアが開き、入って来たのは創だった。
俺は創の白い肌に思わず見惚れて思考が停止した。
しかも眼鏡をかけているからかなんだか、幼く見える。
目が合い、思考が動き出し、あまりに慌てた俺は、再びタオルを浴槽の縁に置き、音を立てて湯船に身体を肩まで沈ませた。
目を合わせられず、俺は湯に浸かったまま、創に背を向けた。
俺が声をかけなかったからか創も俺に声もかけずにシャワーの方に向かい身体を洗い始めた。
くそう。
本当、調子が狂う。
風呂から出るタイミングも失った。
いや、まだ何食わぬ顔をして立ち上がればいいんだ。
そう思うのだが、身体が思う様に動かない。
浴室内にシャワーの音が響く。
創がこちらに入って来る前に出てしまうしかない。
そう思っていたのにガラッと扉が開く音が背後から聞こえた。
男性同士それぞれの時間を決めていなかったからってこんなに時間が被るものなのか?
「あちゃ、やっぱり時間決めてないと、被ってしまったね。ちょっと狭くなるけど俺も入らせてもらうよ」
「あっ、その声はマモル君? 別に男同士なんだし、構わないよ」
そう言いながらも創の声は少し戸惑っている様に揺れていた。
今のうちに上がってしまえば良い。
そう思うのに、どうしても身体が動かない。
さっきまで戸惑っている様だったのに二人が楽しそうに話している。
サッサと身体を洗えば良いのに、今日の課題の時のスタッフの面白かった行動について話している様だった。
創はツンとしてていけすかない奴。そう思っていたのに、アイツの前ではあんな風に笑うんだな。
俺は思わず振り返ってマモルとはしゃいでいる創を見ていた。
なんで二人を見たらこんなに腹が立つんだろう?
腹が立つならこの場を早く去れば良いのに、それも出来ない。
何故だか分からないがあの二人を二人きりにしたくない。
そう思ってしまい俺はのぼせそうになりながらも湯船から出れずにいた。
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