第19話 感情の揺れ。こんな俺、俺は知らない(渉 視点)
昨夜は本当に驚いた。
取り乱した所を見られた事が無かった俺は、アイツに泣き顔を見られてかなり動揺してしまった。
ここ数年、泣いた事なんて無かったというのに……。
そんな感情無くなってしまったと思っていたのだが。
このリアリティーな恋愛ドラマを撮影している合宿所は、都会から少し離れた所にある。
近くに山もあり自然が多いからか空気もなんだか澄んでいる様に感じる。
だからなのか、いつも見ている何でもないような月明かりも無性に綺麗に見えて、なんだか昔を思い出してしまった。
数少ない思い出……。
あの子との、果たせなかった約束。
そんな昔の事、とっくに忘れてしまっていたというのに。
なんてらしくない。
涙なんて、とっくに枯れてしまったと思っていたのに……。
しかもアイツに見られてしまうなんて!
弱い所をみせたら感情を繕う事が難しくなってしまうというのに。
あの時は慌て過ぎて、何をアイツに言ったかも覚えていない。
いつもの俺なら、アイツに会ったのなら嫌味の一つでも言いたい所なのに、そんな余裕は全然なかった。
音楽の課題が終わりホッと一息ついた所で、俺は自然とソウの顔を見てしまっていた。
てっきり歌でも歌うのかと思っていたら、アイツは朗読を始めた。
聞いた事がないセリフ、詞。
アイツ、もしかしてあの場て歌詞を作ったというのか?
歌にはなっていなかったが感情が込められた歌詞は俺の胸に響いた。
切ないアイツの表情になんだか身体が熱くなる気がした。
だけど、それと同時になんだがムカムカしてきた。
アイツをあんな表情にしているのは誰なんだ?
ミユさんか?
そもそもここ数日の、アイツに会ってからの俺はなんなんだ?
ちょっとした事で腹を立てたり、動揺したり……。
今まで俺は周りから見てほとんど感情が揺れない男だった。
また変に感情を持てば非情になる事も出来ないし、一人で生きるには生きにくい。
感情を表に出すなんてバカげている。
そう思っていた。
そう思っていたし、周り全ての事に関心がなかった俺はそうする事も全然、苦ではなかった。
なのに……。
アイツの顔を見ると何故だか感情が乱れた。
アイツが誰かに笑いかけるのを見ると心の中から今まで無かった様な黒いモノが浮かんできて、腹が立って仕方がなくなった。
それに、俺は俳優としてまだまだひよっこだが、演技には自信があった。
ここに参加した奴らが何を目指しているかは知らないが、演技も俺が一番を取れるに決まっていると思っていた。
なのに、俺はアイツの演技から目が話せなかった。
ソウ。
ナカガワ ソウ。
アイツの名前。
何処かで会った事があるというのだろうか?
聞いた事はないし、覚えもない。
だいだい、芸能界に居れば綺麗な顔をしている奴らとすぐに知り合える。
まあソウはその中でも綺麗なイケメンな部類に入るんだろうが、何が言いたいかと言うと、なんで俺はあの男をこんなに気にしているんだという事だ。
ディレクターの黒川さんから呼ばれてアイツもこの部屋から出て行った。
俺は今回も自分の気になる相手にミユさんの名前を書いた。
ミユさんに興味なんか無い。
まあ可愛いし、頭もそんなに悪くない。
だけどそれだけだ。
他に特に興味もない。
俺は父親が再婚したあの女を近くで見てきたからか、男に媚びをうっている様な甘い声を出す女、自分に自信がある様な女が嫌いだった。
別にこの番組に参加している女達がそうだといっている訳でもないし、こいつらが嫌いな訳じゃない。
だが、出来れば、そんな自分に自信がある様な女達と同じベッドでなんて眠りたくはなかった。
綺麗な女たちが俺を誘惑する仕草は父親が再婚したあの女と重なって、あの女が部屋を出入りしていた男達に使う声色を思い出して気持ち悪くなってしまうんだ。
女がダメな訳じゃない。
実際あの幼い頃に会ったチョコレートをくれたあの子に会いたいと今でもこんなに思うのだから……。
ミユさんは昨日、ソウの名前を書いていた。
今日もミユさんはソウのことばかり見ていたし、きっとソウの名前を書くだろう。
俺が名前を書いたとしても、俺と同じ部屋になる事はない。
そう思いながらも、またソウとミユさんが同じ部屋だと思うと胸がムカムカしてきた。
どういう事なんだ?
俺は興味がないと思いながらもミユさんの事が好きなのか?
それともソウに対して対抗意識を燃やしているだけなんだろうか?
俺は黒川さんとソウが出て行った扉を睨みつけていた。
自分が何に腹を立てているかも分からず、ずっと睨みつけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます