第4章 進みだすそれぞれの気持ち 変化
第18話 嘘(創視点)
そして、今日の部屋決めの発表となる前にちょっと休憩を取ると言われた。
カメラを一旦止める事で、皆の表情が少しだけ緩んだ。
おもむろに部屋の中に入って来たのはこの番組のディレクターだ。
長身でうっすらと髭を生やす迫力のある大男といった見かけのディレクター。
何を考えているか分からない含みのある笑顔もなんだか不気味だ……。
初対面の時、軽く自己紹介はして頂いたが、あの時は自分がこの番組に出演するとも思っていなかったし、緊張しすぎていたのもあって実は名前も覚えていない。
「黒川さん」とスタッフが呼んでいるのを見てなんとか名前は分かったのでセーフだ。
そして今、何故かその黒川ディレクターの後ろを恐々とついて歩いている俺である。
という事はこの休憩はもしかして俺の所為か?
やはり、先程の課題のせいだろうか?
俺、朗読しかしてないし……。
ああー、脇に汗かいてきた。
暑いからではなく冷えたような嫌な汗だ。
それとも自分の部屋ではなくリビングで眠ってしまったのがまずかっただろうか……。
ぐるぐると考えを巡らせながらもなんとか足を動かしている。
俺はハラハラしながら落ち着かない気持ちで黒川ディレクターの後ろに付いて行っていた。
そんな風に恐れていた俺だったが、連れて行かれた先は自動販売機とベンチが置いてある、簡易的な休憩所といった感じで黒川ディレクターの表情もそんなに怖くなく少し柔らかく見える様な気もしてきた。
でもやはり怖い……。
ここは個室というわけではなかったので少しだけホッとしたが、わざわざあの場を離れるのには理由があったはずだ。
ここまで歩いてくるまでに数人の人とすれ違ったが、皆、俺の前にいるこの貫禄のある大男である、黒川ディレクターの顔を見ると慌てるように頭を下げていた。
俺はこの業界のことを全然知らないから、この人がどんな存在かは分からない。
だけど、かなり力を持っていることがなんとなくだが伝わってきた。
ああー、色々考えているとまた変な汗が出て来た。
何を言われるんだろうか?
「中川君、何飲む?」
自動販売機に向かって小銭を入れながら黒川ディレクターが訪ねてきた。
「あ、はい」
急にびっくりして気の抜けた返事をしてしまった。
奢ってくれるらしい。
へ? 奢ってもらっても良いものなのだろうか?
「コーヒー? それともお茶?」
黒川ディレクターに急かされ、お茶をと言いながら小銭を渡そうとしたが笑いながらかわされ受け取ってはくれなかった。
「今回、誰の名前も書いてなかったね? 誰かと迷っているのかい?」
黒川ディレクターの笑い方はちょっと嫌な感じだった。
「まあ、まだちょっと自分の気持ちが分からなくて……」
本当は恋愛対象じゃ無いはずの男の顔(ワタルの顔)ばかりが浮かんできてそれどころでは無かったのが本音だ。
こんなの変だなんて思ったら自分の顔に熱が集まってきた気がした。
「でも、そんな表情をするという事は誰か気になる人はいるみたいだね? ミユちゃんかな? 昨日はなんで自分達の部屋ではなく、リビングで寝たのかな?」
黒川プロデューサーは俺の顔色を伺うようにこちらを見ながらコーヒーを飲んでいる。
「あ、えっと……」
良い言い訳が思いつかなくて俺は言葉に詰まった。
やはり勝手にリビングで眠ったのは不味かったのだろうか?
「確かに画面の前で女の子に手を出しちゃうよりは良いけど、番組的にはちゃんと部屋にいて欲しいかな。まあ別に部屋の中にいなきゃダメなんて決まりはないけど、その気持ちを抑えている感じとか、逆にその気がない場合、それで困っている場面や表情とかも視聴者的には面白かったりするからね」
そうだよな、あくまでここでしている事はリアリティーショー。番組的に俺のリアルな表情や感情の表した方を望んではいるけど、俺の俺自身の本当の気持ちを素で表現するわけじゃないからな……。
「そうですよね……」
「あ、別に怒っているわけじゃないからね、まあ部屋を出ちゃうっていうのもありかもだけど、番組的に君のライバル的存在のワタル君が、気になっていそうなミユちゃんを、君とワタル君二人で本気になって奪い合うなんてそんな場面、うーん面白い。良い絵が撮れそうな気がするな」
「え? それって……」
俺にミユちゃんに本気で惚れているフリをしろという事か?
俺に嘘をつけと言うのか?
確かにリアリティーショーはリアルっぽい演技を画面の前でするんだものな……。
だけど、やはりドラマのような演技とも違うし、嘘なんか俺につけるんだろうか?
それとも嘘じゃないことにする為に今だけでもミユちゃんに本気になるか……。
そうしろと言われた訳ではないが、何となくそうして欲しいと望まれている様に思えた。
そんなことを思いながらも頭の中に浮かんでくるのは昨夜みた月明かりがあたった、ワタルの顔だった。
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