第17話 第二課題 音楽② 表現の仕方 (創視点)


 

 俺はしばらく、意識が飛んでしまうほどマモルの歌に聞き惚れてしまった。


 そしてどうして今まで興味がなかった歌にこんなに心が揺さぶられるのか不思議に思っていた。


 だが、歌い終わった後のマモルのスッキリした表情を見て、どうしてだか分かった気がした。




 表現する方法は違ったとしても、マモルも自分の好きなことを歌で表現している。


 自分の気持ちを曲に乗せて想いを伝えようとしている。

  

 だからこんなに心に響くんだ。





 プロを志すものの歌をこんな間近で聴いたのは初めてかもしれない。



 マモルが歌手、アーティストを目指しているかなんて分からないが、あの表情を見ていたら、歌うことがマモルの好きな事に間違いないと確信した。




 その後のメンバーは、歌を歌う人もいればキーボードなどの楽器を演奏するもの、ギターを弾き語りしながら歌う者もいた。





 皆、下手ではないがマモルと比べてしまうと、心が揺さぶられるほどの想いは伝わってこなかった。




 そしていよいよワタルの番だ。



 って、なんで俺はこんなに楽しみにしているんだ?


 それよりも、自分の心配をしなくてはならないはずなのに……。




 だけど、昨日あんなに鬼気迫る演技をしてみせたワタルだ。


 どんな風に表現するのかとの楽しみで仕方なかった。


 子供の頃の自分に戻ったかの様にワクワクしてしまっていた。




 立ち上がり少し迷った様な素振りを見せた後、ワタルもマモルの様に、スタンドマイクの前に立った。



 ワタルが大きく深呼吸をした後、肩の力が抜けた様にリラックスし、表情がゆるんだ。


 ワタルの優しい表情に思わず俺の顔もゆるんだ。





 ワタルは少し古い、フォークソングをゆっくりと丁寧に歌い出した。



 優しく語りかけるように、空間が包み込まれるように声を発するワタル。



 孤独に寂しかった心も、温かく毛布に包まれた様な気持ちにしてくれる様な……そんな心地よい声。




 俺はなんだか身も心も癒されてきている様な気分になった。


 ワタルの歌の中の世界でずーと頭を撫でられているような、そんな錯覚に陥るほど、心地良いモノだった。




 聞き終わった後、俺は我にかえり思わず自分の頭を軽く振った。



 どんどん自分の考えがマトモじゃない気がしてきた。


 嫌、素晴らしい歌に聞き惚れるのは普通の事だが……。



 イヤ、イヤ、深く考えるのはよそう。



 俺はノーマル。



 ノーマルだ。




 俺は昨夜、ワタルとリビングで別れた後、ソファーに横になりながら何度も呟いたセリフを、心の中で何度も繰り返し呟いた。




 そして、そうこうしている内に自分の番が回ってきた。



 俺は立ち上がりながらも頭の中が真っ白になって倒れてしまいそうだ。



 そもそも俺は人前が得意ではないんだ。



 昨日の演技は奇跡だった。



 それも、自分が書いた物語があったから出来た事であって……。

  

 歌は本当にダメなんだ。



 ちゃんと歌っているつもりでも、どうしても音が外れてきてしまう。



 楽器だってそうだ。


 まあ練習したら少しはマシになるのかもしれないが……。



 皆がじっとこちらを見ている。



 しかも何処か期待を含んだような目。



 そんな皆を見るだけで本当に倒れてしまいそうだ。 


「中川? どうした?具合でも悪いのか?」



「いえ、大丈夫です」



 坂下さんの問いに思わず即答してしまった。


 もしかして、具合が悪い事にしていたら今回は順位が最下位になってしまったとしても、歌わなくて済んだのだろうか?


 俺の中にズルい考えが一瞬浮かんだが、他のメンバーの演技や歌を思い出し、こんな事を考えてしまう自分が恥ずかしくなった。



 前回の演技だって苦手な奴もいたと思う。


 実際俺も自分の書いた本が脚本じゃなかったら、きっとマトモな演技なんてできなかったと思うし。



 ここに来たからにはやらないと。



 恥ずかしい想いをしたとしても、逃げちゃダメだ。



 俺の顔色はきっと今、真っ青に違いない。


 心の中で綺麗事を言ったって俺の心底の部分は弱くてズルい。


 横にタランと垂らしている腕は小さく小刻みに震え出している。


 俺は楽器などが置いてある机まで歩いた。



 楽器も弾けないのに、どうしよう。




 童謡でも歌うべきだろうか?



 そんな事を考えていた時、机の隅の方に置いてあった筆記用具とノートが目に入った。




 坂下さんは歌、と言ったが音楽全般と言った。




 俺はノートを手に取って、頭に浮かんだメロディーラインに乗せて歌詞を書いた。




 皆は何をしているんだろう? という様な不思議そうな目で俺を見ている。



 俺には俺のやり方で音楽を表現すれば良い。




 ペンを持ち、ノートを前にすると、そこは俺だけの世界。




 緊張もなくなり、周りの目線も気にならなくなる。




 歌詞を書き上げた俺はその出来たてほやほやの歌詞を朗読し始めた。



 ココで歌えたら本当に良かったんだけど、頭に浮かんでいるこの曲を俺はちゃんとその音にして出す事が出来ない。



 歌が好きでも音痴は中々なおらない。



 でも音痴だとしても音楽に関わる事はできる。




 どうせ今回は最下位だ。




 歌詞は実は俺を女の子に置き換えて渉に向けて書いた詞。




 咄嗟に作った歌詞。



 自分の気持ちが上手くコントロールできない。そんな戸惑っている今の気持ちをそのまま表現した。




 その内容はおもいきりラブストーリーだった。


 




 そして気になる順位は最下位ではなく、真ん中より少し下の五位だった。




 





 

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