第16話 第二課題 音楽① 苦手な事、好きな事 (創視点)
「昨日は良く眠れましたか? 初日より表情が硬い方もおられる様ですね」
坂下さんの言葉に俺も思わず苦笑いを溢しそうになった。
確かに、俺の表情は硬いだろうな……。
俺はさりげなく自分の頬に触れた。
そして少しこめかみを抑え、なんとか自分の緊張を抑えようと努力した。
まあ坂下さんが誰の事を言っているのかは分からないが……。
一人部屋だった、ワタルやシホさんは別として他の二組も異性と同じ部屋だったわけだし……。
それにしてはなんだか二組ともスッキリした表情をしている様に思う。
俺はさりげなく周りのメンバーを観察した。
俺もこのメンバー達と嫌でも数ヶ月、この撮影が終わるまでは一緒に過ごさなくてはならない。
ならば、なんでも話せる様な友達の様な存在を作る必要があるのかもしれない。
だけど今現在、この撮影に参加している俺の周りにいる人達は、やはり俺の様な凡人と何処か違う様に感じる。
そんな中で友達を作るなんて困難なことなのかもしれないけど、俺は今のこの自分の気持ちを話せる相手が欲しかった。
「では今日の課題に移ろうと思います。今日の課題は歌。と言うか音楽全般と言ったら良いでしょうか? 昨日の演技もそうですが今日も初心者には厳しい課題かもわかりませんね」
やっぱり、歌だった。
というか音楽全般とはどう言う事だろうか?
歌を披露する単純なものでは無いのだろうか?
そこにスタッフが大きな机を運んできた。
足にキャスターがついている机だ。
机の上には様々な楽器が置いてある。
歌ではなく楽器の演奏でも良いと言うことか?
しかし俺は、音楽自体に興味がそんなになくて弾ける楽器なんてない。
まあ、好きなアーティストぐらいはいるが……。
机の上にはノートと筆記用具も置いてあった。
音楽全般という事は、作詞でも良いのだろうか?
歌わなくても良いのだろうか?
そうな事を思っていても、時間は刻、一刻と過ぎていく。
まず一人目。
と課題に入る前にまた例の紙切れが配られた。
そこには自分の気になっているメンバーを記入する必要があるのだ。
例の部屋決めのルールだ。
俺はココでまた頭を悩ませた。
好きな相手なんていない。
まだ、心を開ける友達すらいないのだ。
しかも恋愛初心者でもある俺だ。
簡単に好きな人なんて、できる訳がない。
だからと言って、昨日みたいにミユちゃんの名前を書いてミユちゃんに余計な期待をさせるなんて俺には出来ない。
昨日、素を見せてしまったから、流石にミユちゃんも、俺の名前を書く事はないとは思うが、昨日みたいな思いをするのは嫌だ。
俺は目線だけ動かして他の女の子を観察した。
どの子も自分の近くには絶対いない可愛いらしい女の子。
それは見ていて心は踊るし、心の栄養というか、潤いにはなる。
だけど、それは好きな相手ではないんだ。
テレビで、アイドルを見て心が踊るのと同じ感覚。
それより……、それよりも、俺が気になっている相手は……。
俺は真っ白の誰の名前も書いていない自分の紙切れを見た後、振り返ってワタルを見た。
ワタルもコチラを見ていたのか、目が合い、びっくりして顔を背けた。
ドキドキドキドキドキドキドキドキ。
び、びっくりした。
なんで、アイツもこっちを見てたんだ?
昨夜、泣き顔を見られて、やはりバツが悪かったのだろうか?
ワタルはプライドが高そうだ。
俺の事、どんな風に思っているのか分からない。
ライバル? って思ってくれているのか、それともただ、気に入らないと思われているのか……。
好かれてはいない。それだけは断言できる。
自分でそう思ったのに、心に何かトゲでも刺さったかの様にチクチクと痛んだ。
俺は結局、その紙切れを誰の名前を書く事もなく、白紙で提出した。
そうして音楽の課題が始まった。
昨日、最下位だったものから始めるみたいだ。
最下位は昨日、誰とは言わなかったから、今日、最下位が分かるという意地悪なルール。
俺は運良く昨日の演技はトップだったから今日も課題をするのは最後で良い。
だけど俺の場合、下手な歌を聞かせてしまったり、耳がおかしくなる演奏をしてしまう可能性大だ。
だから、今日はぶっちゃけ、始めの方が良かったかもしれない。
始めに呼ばれたのはマモルだった。
マモルは一瞬、表情が揺れたが、吹っ切れた様な柔らかい表情になりマイクの前に立った。
マモルは昨日、見るからにど素人と分かる演技をした。
俺は、そんなマモルを見て、なんだか他人事に思えなくて、密かに応援していたんだ。
昨日はそんな様子だったマモル。
今日、マイクを手にした途端、表情が生き生きしだした。
そして、今日、歌い始めたマモルは昨日の、辿々しく演技をしていたマモルと別人だった。
マモルの歌を聞いて胸が熱くなった。
俺は彼の歌を聞いて、心が踊った。
マモルは歌う事が本当に本当に好きなんだと、全然違う歌詞なのに、そう言っている様に聞こえた。
俺は、そのうち自分の順番が回ってくるのに、その事を心配する必要があるのに、マモルの美声に聞き惚れていた。
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