第15話 心の変化、アイツの事が頭の中から離れない (創視点)

 今日のスタジオは二日目と同じく、ダンスのレッスンでもするんだろうかと言うような場所だ。




 ツルッとしたフローリングの床に、周りが鏡で覆われている。


 第一課題の演技の時は一杯一杯でそんな事、気にならなかったが今日は気になる。



 何故かって、二つのスタンドマイクが置いてあるんだ。



 俺はもちろんダンスなんかしたことがない。

 だから今日の課題がダンスだったとしても、それはそれで困るけど……。


 だけどそれよりも、もし今日がダンスじゃなくって歌だったとしたら……。





 考えただけで冷や汗が出てきそうだ。 

 俺は場が白けてしまったり笑い物になる場面が容易に想像できた。


 そしてここから逃げ出したい衝動に駆られた。

 トラウマ、と言う訳ではないが誰しも苦手なものはあるもんだ。



 俺は……壊滅的な音痴なんだ。


 それこそ、俺が歌うと俺ではなく、ここに居る皆が逃げてしまうんじゃないかってぐらいに。


 びっくりして建物が揺れてしまうんじゃないかと言うぐらいに……。



 俺自身、録音された自分の歌を友達に聞かされるまではそんなに気にしていなかったんだが……。



 

 もうすぐ先生が入ってきて課題が始まる。



 テレビの前の皆には期待させてしまっているかもしれないが、もちろん、今朝はミユちゃんとは一緒に来ていない。


 昨日の撮影で、第一印象同士、みたいな感じになってしまっていたし……。



 テレビではどんな風に放送されるのか分からないし、まあ、現時点ではまだ放送もされてはいないが。





 俺は、ミユちゃんとは朝から顔合わせるのは気まずい、そう思い、早めにスタジオ入りしたんだ。



 昨夜、あの後、ワタルはすぐに部屋に戻っていった。



 だから俺は念願通りリビングのソファーで横になる事が出来た。



 だけど、月明かりでより綺麗に見えたワタルの泣き顔が……どんなに頭の隅に追いやろうとしても浮かび上がってきて、全然眠くならなくて。



 随分と寝苦しい時間を過ごした。


 いつもの俺なら、電気もついてなくて、誰もいないあんな広い空間なんて、別のことを想像してしまう。



 オカルト系が苦手な俺は、幽霊とかの類や化物の類を見てしまうんじゃないか? なんてこの年齢では考えないような事を考えてしまう所があった。



 だけどあの時の俺の頭の中は、あの辛そうなワタルの顔が支配していた。

 そして何故だか、その後には小学校の時にあった男の子の笑顔が俺の頭の中で重なった。


 とにかく怖いことより、自分がこんなことを気にしてしまう、そんな今までだとありえない、この思考回路の方に困惑してしまっていた。


 そんなこんなで結局熟睡できず今朝を迎えてしまった。


 なんとか見れる様には整えてはきたが、随分疲れが隠せない容姿になってしまっている様に感じる。


 まあコンシーラというヤツで隈は隠しては来たが……。



 俺は課題が始まる前に既に疲れていた。




 いや、まあ、ちょっとは眠れたんだけど、夢の中までワタルの顔が出てきてしまうぐらいだった。


 しかも夢の俺はワタルに頬を触れられてドキドキしてしまっていたし、本当に俺はどうにかなってしまったんじゃないかと思った。


 起きてしばらくはその鼓動の速さも戻らなかった。

 







 ワタル自身は昨日のワタルは別人だったのか? というぐらい、今は、いつも通りに戻っていた。



 これで俺だけ態度を変える訳にはいかない。


 昨日の涙は出来れば見なかった事にしたい。


 俺に起こっているこのおかしな変化も全て帳消しにしたい。

 そう、俺は、出来る限り不自然じゃない様に、なおかつクールに見える様にしなければならないのに……。



 俺はミユちゃんに会うまで、ミユちゃんのことよりもワタルのことを気にしてしまっていた。







 俺は目線だけ動かしてワタルの様子を伺った。


 隣にいるミユちゃんは色白で肌もとっても柔らかそうで、砂糖菓子みたいに可愛らしいのに、俺の目にはワタルの生意気そうな顔が頭から離れない。


「ソウさん、今朝は随分早かったんですね?」



 ミユちゃんはそう言った後、「一緒に行きたかったです」と少しだけ頬を膨らませていた。



 そんな時、ドアが開き、長身のイケメンが入ってきた。


 坂下 太陽だ。


 有名人が目の前に現れるとやっぱり、何度でもびっくりしてしまう。



 今日の先生は坂下さん?



 そう。坂下さんは有名人で俳優だ。


 歌手活動もしていて、最近は本も出していると光留に聞いた。



 だけど、この前演技はやったし、やはり今日の課題は……。


「おはようございます」




 坂下さんの声に皆が一斉に姿勢を正し、おはようございますと言った。


 


 




 


 

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