盗まれたへそくり⑦




母はタンスの前に鬼気迫る表情で立っていた。 父に盗られたと思ったのか必死にへそくりのお金を数えている。


―――頭から血を流してるのに、お金が大切なんだ・・・。


そこに金四郎の知っているはずの母の姿はなかった。 金の亡者、そう表現するのがピッタリで痛ましい様相を見ているだけで辛かった。


「このお金は絶対に渡さないから」


そう言って自身の身体で封筒を隠す。 頭から流れた血がじわりと赤い染みを広げている。 とても生きた人間のようには思えない。


「どうしてお前がここにいるんだ!? さっきまで玄関にいたじゃないか!」

「何を訳の分からないことを言っているの? 私のことを殺そうとしたくせに」

「ち、違う! 殺す気なんて全くなかったんだ! 現に生きているじゃないか!」

「犯罪者はみんなそう言うの! ・・・ふふ、でも大丈夫。 今度は私が殺してあげるから」


言いながら母は懐に忍ばせていた包丁を取り出した。 おそらくは自分の血液でだろうが、赤く滴る血が不気味に見える。 


「お前・・・。 本当に銅乃なのか!?」


父は驚愕に目を見開き、そしてぶつぶつと独り言を話し始めた。 どうやら先程の玄関でのことが気にかかっているようだ。


「もうどうだっていい。 大丈夫よ、金四郎。 お父さんを殺して二人で末永く生きていきましょう」

「お母さん・・・」


金四郎がそう呟いた瞬間だった。 父は狂ったように叫び出し母に飛びかかる。


「お父さん!?」

「・・・ッ、お前は誰だ! 本物の銅乃を返せ!!」


いくら包丁を持っているからと言って、男性として体格に優れる父に先制攻撃を受けて母は抵抗することができなかった。 包丁を持つ手を押さえ付け、首を締め上げる。 

先程偶然母を突き飛ばした時と違い、そこには明確な殺意が感じられた。


「・・・」


金四郎は見ていられなくなり俯く。 母の苦しそうな声が部屋中に響き渡っていた。


「うぅッ・・・。 お願い、放して・・・」

「銅乃は二人もいらない」

「二人って、どういう、こと・・・? 私が、本物・・・」


母は抵抗していたが次第に力が弱まりぐったりとしてしまった。 力を失うにつれ包丁も手放し床に転がった。 静かになると金四郎はゆっくりと顔を上げその光景を見る。


「お父さん・・・。 お母さんは・・・?」


母は動かない。 今度こそ本当に死んだのだと金四郎にも分かった。


「・・・金四郎。 酷いところを見せてごめんな」

「・・・」


金四郎は何も言えなかった。 確かに母が二人いたことには気味が悪いと思っていた。 だがこの選択がいいのかどうかは金四郎には分からない。


「また押し入れに運ぼう・・・。 金四郎、また血を拭いておいてくれないか?」


もう慣れたかのように父は冷静だった。 そう言われ床を見る。 血を流したまま歩いてきたからか少しだけ血痕が残っていた。


「・・・分かった」

「ありがとう」


父は母を抱え再び二階へと上がっていった。 金四郎も言われた通りに床を綺麗にしていく。 その時だった。 ドアの方から物音がしたのだ。


―――あ、忘れてた・・・!


すっかり玄関の外にいる母の存在を忘れていた。 父も気付いたのか二階から急いで下りる足音が聞こえてくる。


―――またいつの間にか、叩く音が鳴り止んでいたんだ・・・。


そしてドアの鍵がガチャリと開いたのだ。 やはり幻覚や幻聴の類とは思えず、ドアから堂々と母が入ってくる。


「ッ・・・」


流石に金四郎でも怖くて震えていた。


「そこにいるんでしょー? 早く出てきなさい」


玄関で母が呼んでいる。 どうやら自分に向けて言っているようだった。


―――どうしてお母さんが二人も・・・?

―――今お母さんは、お父さんが二階へ運んだはずなのに。


怖くてリビングで突っ立っていると父が姿を現した。 父は金四郎の腕を掴む。


「金四郎は二階に上がっていなさい」

「でもお父さんは?」

「玄関にいるお母さんを何とかするから」


これ以上は息子に見てほしくないのだろう。 金四郎は素直に言うことを聞き二階の自分の部屋へ閉じこもった。 何もする気が起きずただただ耳を澄ましていた。 

すると玄関の方から父と母の口論する声が聞こえてきた。


「どうしてすぐに開けなかったの?」

「それはこっちの事情が」

「人でも殺して隠していたんじゃないでしょうね?」

「ッ・・・」


その言葉に父は動揺したのか声が震えていた。


「ま、まさか。 そんなこと、あるはずがないだろう」

「ふぅん・・・」


母は父を無視し家の中へと上がり階段を上っていく。


「ちょ、どこへ行くんだ!」

「どこへだっていいでしょう」


足音が近くなるにつれ金四郎の緊張も高まっていった。


―――ど、どうしよう!

―――このままだとお母さんに見つかる。


本能的に隠れようと思った。 机の中から封筒を取り出すとそれを持ってベッドまで行く。 封筒を服の中にしまい布団を被った。 その瞬間ガバっと金四郎の部屋が開き、母は部屋中を眺め回した。



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