盗まれたへそくり⑥
「・・・え、お父さん? どうしたの!?」
母を殺した時ですら上げなかった父の悲鳴。 異常事態に金四郎は慌ててリビングを飛び出した。 だがリビングを出たところで足を止めたのは常日頃から言い付けられていた約束のためだ。
―――・・・行っても、いいのかな。
両親から『チャイムに出ている時は顔を出しては駄目』としつこく言われていた。 おそらくはやってきた誰かと出会ってしまうためだろう。
―――・・・でも、今はお父さんのことが気になるから。
加えて約束していた一人である母はもういない。 父の緊急事態に手を貸すことのできる人間は金四郎しかいないのだ。 そう思い覚悟を決めるとこっそり玄関を窺ってみた。
するとドアの向こうには何故か死んだはずの母が立っていたのだ。
―――え!?
―――お母さん・・・?
もっとも怪我をしている様子もなく、綺麗なままの母だった。 だから余計におかしいのだ。
―――本物、なのかな・・・?
父は慌ててドアを閉める。 同時に気配を感じた父が振り返った。
「金四郎・・・。 見たのか?」
落ち着いたはずの父が酷く動揺している。 だがそれは当たり前だと思った。 母は死んで父が隠したはずなのだから。
「待ってて。 僕が見てくる」
金四郎は慌てて二階へと上がった。 母の部屋へ入り押し入れを見る。
―――お母さん・・・!
怖い気持ちはあるが意を決して扉を開けた。 予想通りそこに母の姿はなかった。 ただ赤黒く染まる押し入れが玄関の母の姿に違和感を放つ。
―――ッ、いない!?
急いで玄関へと戻った。 父は階段の下で待機をしていた。 母が入ってこないよう玄関を見張っていたのだろう。
「金四郎! お母さんは?」
「押し入れにお母さんがいない!」
「何だと!? どうして家の外に・・・」
混乱していると外からドアを思い切り叩く音がした。 二人はビクリと驚く。
「ねぇ! ここを開けて!」
「あ、開けるわけがないだろ!」
「開けなさい!!」
父は生き返った母が復讐しにきたと考え反発した。 鍵もかかっているというのに必死でドアを押さえ付けている。 それでも激しいノックの音は鳴り止むことはなくドンドンとドアが叩かれる。
―――一体どういうこと・・・?
もし母が生き返ったとして何故外にいるのだろうか。 鍵を持っているはずなのに何故それを使わないのか。 疑問は絶えなかった。
「お前は何なんだ!」
「話は後! 早くここを開けなさい!」
「話は後って何だよ!? 誰が開けるものかッ!」
今の状況が理解できない金四郎と父は困惑して顔を見合わせた。
「死んでいなかったのか・・・」
「ねぇ、お母さんをどうするの?」
「お母さんを家に入れては駄目だ」
「でもそしたら警察が来ない?」
「け、警察!? どうして警察が!」
“警察”という単語に父は大きく動揺を見せた。
「だって、周りの人がこの家の異変に気付いたら・・・。 お母さんも直接警察のところへ行っちゃうかもだし」
激しく玄関を叩く姿を想像してみれば、それは凄まじく目立つ。 金四郎は外がどうなっているのかを知らないが、この世界に存在しているのが両親と自分だけ、そのような極端な考えはしていない。
テレビを見ていれば情報は入ってくるし、時々カーテンの隙間から人が歩いているのを見かけることもある。 父も何か考えていたようだったが、金四郎の言葉をもっともだと考えたのだろう。
「・・・お父さん?」
「金四郎、リビングへ戻ろう」
「・・・分かった」
金四郎は素直に頷いた。
―――・・・あれ?
―――ドアを叩く音が鳴り止んだ?
いつの間にか外からドアを叩く音が聞こえなくなっていた。 ドアの方を向いている金四郎を見て父も気付く。
「ようやく諦めたか。 行こう」
父が率先しリビングへと歩いている。 すると父の動きがピタリと止まった。
「お父さん? どうしたの?」
「しッ」
静かになった今リビングから物音が聞こえたらしい。
「リビングに誰かいる」
「え・・・」
そう呟いた直後、再び玄関からドアを叩く音が聞こえ始めた。 それだけではなくチャイムも何度も鳴らされる。
「どういうこと・・・!?」
「玄関は後だ」
父は金四郎を守りつつ戦闘態勢を取りながらリビングのドアを静かに開けた。
「なッ・・・!」
再び父は息を呑んだ。 そこには今度は頭から血を流した母が立っていたのだから。
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