第116話 マリナばあちゃん
次の日、ケイジロウは早速マリナの元へ向かった。
そうと言っても母の経営する店『パルブーン』の2階に住んでいる。もちろんケイジロウも時代屋時計店から帰ってくることが多いのでマリナとは同居をしているようなものだ。
マリナは7年前に時代屋時計店の仕事を完全にケイジロウに引き継いだ。それからというもの、めっきり老け込んでしまったようだ。
昔は店に顔を出し、馴染みのお客とのおしゃべりを楽しんでいたが今はそんなことも無くなった。階段の上り下りが辛いのだろう。
今はもっぱら2階の窓から通行人を見るのが日課のようだ。ケイジロウは母の問いかけも無視し息を切らして階段を駆け上がった。
「マリナばあちゃん入るよ」
ケイジロウは勢いよくノックをした。
「はい、はい、ケイジロウかい?」
耳はまだ遠くないようだ。
ケイジロウはきのうミナトに頼まれた永遠の時を与えられた時計を作るために早朝から始まりの国へ戻って来たのだ。
「マリナばあちゃん、僕に時のしずくの結晶の作り方を教えて欲しいんだ」
「ちょっと待ってなさい」
マリナはにっこり笑うと丸まった腰を更に曲げ、何かを探し始めた。
1つ目は真っ赤な古い手帳だった。次にベットの下に置かれた古い木箱を取り出した。埃がかかっているが、とても立派な箱のように見える。
「ケイジロウ、時のしずくの結晶を作るのは大変なことなんだ。今の私の体力じゃきっと無理だろう。もっと早いうちに教えてやればよかったねぇ」
「それって僕にもできるってことなの?」
ケイジロウは頑固なマリナばあちゃんがこんなにもすんなり教えてくれるのが不思議に感じた。しかし、その理由など今は考える暇はなかった。
「もちろんだよ。私が教えてやるからね」
そういうとマリナは木箱から香水を入れるガラス瓶とロートを取り出した。そして、小声で話し始めた。
(そんなに聞かれてはいけないことなのだろうか)
「いいかい、ケイジロウ。時のしずくは大切にされた時計から抽出すんだ。ちょうどこの瓶一杯分だよ。集めて来られるかい?」
「やってみるよ、ばあちゃん」
ケイジロウはしずくの抽出方法を詳しく教えてもらい家から跳び出して行った。手には真っ赤な手帳が握られている。
これにはマリナばあちゃんが何十年もかけて調べたことが詳しく書かれていた。
広場の時計からはたくさんの時のしずくが採れることや、怪しまれないで抽出する方法も書かれている。
何だか泥棒のようなことをするようで気が引けたが、これがマリナばあちゃんの言っていた「難しい」と言うことなのだろう。
こんな大変なことをくるみの時計を作るためにやってくれていたとは、頭が下がる。その大変さを想像すると涙が出た。
ケイジロウは暇を見つけては時のしずくを集めまくった。ベンチで休む人からこっそりもらうこともあった。知り合いに頼むこともあった。夜中には時計台に登ることもあった。
こうして1週間が経った。
時代屋時計店の仕事をこなしながらやっと1瓶分集めることができた。でも、もう1瓶必要なのだ。
(もう当てがない……。ミナトに合わす顔がない。)
ケイジロウは途方に暮れていたが、ある時計を思い出した。
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