第117話 柱時計



 仕事が一段落するとケイジロウは当てにしていた柱時計の前に立った。


 大人の身長程もある、立派な時計だ。この時計はケイジロウが小さな頃からこの時代屋時計店に置かれている。

 

 マリナが結ばれることがなかった日本人の恋人から寄付されたものなのだ。毎日ネジを巻かなくては止まってしまう。


 ケイジロウはこの仕事を引き継ぐ時にマリナから言われたことを思い出していた。

(ソファと柱時計だけは私が生きている間は絶対に捨ててはいけないよ。化けて出るからね!)


 考えただけで寒気がする。


「絶対に捨てないよ、ばあちゃん」


 ケイジロウは柱時計のネジを巻いた後、前面のガラスを今日も丁寧に磨く。拭き終わると手を合せて柱時計に向かってお辞儀をした。


「時のしずくいただきます!」


 ケイジロウは足元に小さなガラス瓶とロートをセットした。


 腕をまくり、慣れた手つきで時計の周りの空気を両手で集めだした。ここのところ毎日やっているので手際がいい。空気は粘土のように固くなっていく。

(これは今までにない手ごたえだ!)


 ケイジロウから笑みがこぼれた。


 手に収まるほどになった空気の塊をロートの上で絞った。水色の液体がロートを伝い、ぽたぽたと落ちていく。軽く絞っただけなのに瓶は一杯になった。


「やった!これで時のしずくの結晶ができる」


 数日後、時のしずくを煮詰め乾燥させると結晶は完成した。これでミナトにいい報告ができる。


 ケイジロウは今日ほど指輪の適合者として生まれたことを誇りに思ったことはなかった。

(マリナばあちゃん、ありがとう)

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