第115話 頼れるのはケイジロウ
カランコロン コロン コロン コロン……
低いウィンドチャイムが店内に響いた。
「ケイジロウ!ケイジロウ!いるんだろう」
ミナトの声が薄暗い
しかし返事はない。
ミナトは春の大地を駆け上がり、急いでここへやって来たのだ。何としてもケイジロウにお願いしたいことがあった。
「お茶 もらうからな」
やっぱり返事はない。
勝手が分かるこの部屋の冷蔵庫から麦茶を取り出すと、低すぎるソファに腰かけケイジロウを待った。
カチカチと時を刻む音がミナトの呼吸を整える。30分もすると子守唄代わりになったのか、ミナトはすっかり寝入ってしまった。
カランコロン コロン コロン コロン……
ウィンドチャイムと共にケイジロウが姿を現した。
どうやら入れ違いのようだったらしい。お客を案内して始まりの国へ行っていたようだ。ケイジロウは日に何度も地球と始まりの国を繋ぐ螺旋階段を往復する。
今日もようやく1日が終わる。
ケイジロウは缶チューハイを取り出しソファへ向かった。その時初めて来客者がいることに気が付いたのだ。
(えっ、誰? 店の鍵閉めたけど)
恐る恐る近づいてみると、目を疑った。そこには無防備に眠るミナトがいたのだ。すぐに駆け寄り肩を揺する。
「ミナト、どうした?またくるみちゃんいなくなったのかい?」
ミナトはうっすら目を開けるが、ここがどこなのか分かっていない。
「ミナト!何しに僕の職場まで来たんだよ。ここは時代屋時計店だ!」
ケイジロウの声にハッとしたのかミナトは目を覚ました。
「あっ、おっ、お願いがあって来たんだ」
「王子のお願いか……。聞かないとダメなんだろうな」
ケイジロウは弱った顔で、向いの椅子に座り直した。そこで聞いた話は驚くべき話だった。国王陛下が庶民の娘と王子の結婚を承諾したというのだ。
ずいぶんと開かれた王室になったものだと感心してしまう。しかし、国王陛下の言葉にも一理あると思った。
くるみがいなければ、今の始まりの国はガーラに支配されていただろう。あの夜の戦いだって多くの犠牲者を出していたはずだ。
きっとこの結婚は国民も納得することになるだろう。驚きはしたがケイジロウも納得してしまう話だった。
「そこでなんだけど……」
ようやくミナトが今日の本題の話を始めた。
「くるみに渡した永遠の時を与えられた時計をもう1度用意してほしいんだ」
ミナトは頭を下げてケイジロウにお願いした。
「あれはマリナばあちゃんしか作り出せない、時のしずくの結晶が埋め込まれた時計なんだ。ばあちゃんもう90超えてんだよ。たぶん無理だよ」
しかし、どうしても諦めることができないようだ。ミナトはその時計をくるみの日本の両親とも言える、美沙と和哉に渡したいと考えていたのだった。
「いつでもくるみに会いに来ることができるようにプレゼントしたかったんだよな……。」
ミナトはうなだれたままソファに横になり、ケイジロウに背を向けた。
子犬のように放って置けない表情のミナトを見てしまうとケイジロウもじっとはしていられない。そもそもミナトはケイジロウより年下の従弟でもある。
ミナトが何も隠さず頼れるのは自分だけだと知っていた。しかし、先代の時代屋時計店の管理人をしていた祖母のマリナが難しいと言っていたのを思い出す。
その時ミナトが何かひらめいたように呟いた。
「じゃあ、ケイジロウが作ってみたら。その……、時のしずくの結晶ってやつ」
「僕が?できるかなぁ。マリナばあちゃんは大変だって言ってたんだ」
「できるよきっと。ケイジロウお願いだから挑戦して!」
知らないうちにミナトはケイジロウに詰め寄っていた。
「わかった、わかった。やってみるよ」
ミナトの頼みを聞き入れることにしたケイジロウは少しだけ涼やかな顔でコンビニへ向かった。
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