第114話 甘いココアとサンドイッチ



「国王陛下、話があります」


 ミナトは夕食を済ませ廊下に出た父、クレインを呼び止めた。


「わかった。あとから部屋に来なさい」


 クレインは自分の息子が何を伝えようとしているのか皆目かいもく見当もつかず、深い紫のローブをひるがえし自室へ向かった。

 しかし、何を思ったのか足が止まり、息子の顔をもう一度見ようと振り返った。


 国王でありながらもいつもとは違う息子の様子に、今さらながら気が付いたのだ。


「ミナト!」


 クレインは黙っておられず駆け戻った。


 そこにはまだ父を見つめる息子が立っていた。近づくほどに不安そうな表情が見て取れる。


「どうした?何があった?」


 クレインは急に父の顔になり、ミナトの肩に手を置いた。幼き日にはいつも感じていたぬくもりがミナトの肩に伝わる。


 ここ数年、ミナトはたくさんの秘密を持ち、くるみを連れ戻すことだけを考えて生きて来た。その緊張感から解き放たれ、見える景色が変わっていた。


 花は美しい。

 食べ物は美味しい。

 家族は温かい。


 ミナトは1人の男として成長したつもりでいたが、もう一つ乗り越えなければならないことが残っていた。


 それはくるみとの結婚の了承を国王から得ることだった。くるみとはもう結婚の約束をした。あとは国王と国民を納得させなければならない。


 その解決策は未だに見つからず、それでも父である国王と話さなければ何も始まらない。そのことだけは分かっていた。


 ミナトは不安な気持ちを押し殺し、見つめる父に何かを話そうとした。しかし言葉が出てこない


あなどるな、息子よ。私は国王だ」


 クレインはミナトの肩を抱き、無言のまま2人並んで自室へ向かった。


 父の部屋のベルベットのソファに座ると何故か気持ちが落ち着く。クレインはメイド長を呼び、ミナトが子どもの頃好きだったサンドイッチとココアを持って来させた。


「父上、今夕食を食べたばかりですよ」


「気にするな、昔はここで食べてたではないか」


ミナトは気が進まないながらも、サンドイッチに手を伸ばした。

(美味しい……。)


「それで、どうしたミナト?」


 ミナトは甘いココアを一気に飲み干すと、くるみと結婚したい気持ちを打ち明けた。クレインは窓から噴水を眺め、しばらく沈黙が続いた。


「リリーがそうなるかもしれないと私に言っていたよ」


 ミナトの目が大きく見開いた。


「母上が……」


「リリーは昔から彼女のことを気に入っていたからね。いずれこうなるかもと言っていたよ。母親は凄いなぁ」


「父上は私がくるみと結婚することを許して頂けるのでしょうか?」


 ミナトは怖かったが、確信を突く質問をした。


 クレインは額に手をやり悩んでいる様子だ。ミナトはじっと父の返答を待った。


「ミナト、相手はこの国を救った英雄だぞ。お前こそ彼女を幸せにできるのか?」


「父上、それは結婚してもいいと言うことですか?」


 ミナトは父の言葉を素直に受け入れていいのか戸惑ってしまった。


「こちらからお願いしたいぐらいだぞ、ミナト」


 突然リリーが部屋に現れた。どこかで話を聞いていたのか、すでに涙ぐんでいる。


「おめでとう。ミナト」


「母上、私はくるみと結婚できるんですね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る