第110話 家族との時間 2
「ねえちゃん、シーナはダイエットしてるんだよ」
「えっ、シーナがダイエット?」
「そうそう、好きなヤツがいるらしいよ」
フィンはにやりと笑い、大きな口でシチューにつけたパンを頬張った。父は動揺を隠すように水をごくりと飲んだ。
するとシーナは静かに立ち上がりフィンの後ろに立った。
くるみは殴りかかるのではないかと、いつでも止められる体制を取ったが、父も母も知らん顔だった。
「ごちそうさま。余計なこと言わないで」
シーナは食器を下げると外へ出て行った。
(えっ、それで許しちゃうの?本当にあなたはシーナ?)
くるみはシーナの後を追って外へ出た。
チェスターリーフの街は夜もにぎやかだ。1日の終わりを楽しむように外で食事をする人が多い。
くるみがしばらく部屋を借りていたマーケットも近くにある。きっと今夜もマーサは居眠りをしたようにゆり椅子に腰かけているのだろう。ちょっとだけ懐かしく思えた。
(どこまで行くのだろう)
くるみはシーナを呼び止めず着いて行くことにした。それにしても、この辺りは何も変わらない。記憶のままの街並が続く。右に曲がればマーケットにつながる大通りに出る。
くるみは人通りが多くなったのでシーナを見失わないように距離を詰めた。するとシーナはドーナツの屋台を見つけると列に並んだ。
(やっぱりダイエットなんてしてないじゃない)
くるみは甘い香りが漂う屋台の近くでシーナを待った。するとシーナはドーナツじゃなくアイスティーを注文しただけだった。
シーナはくるみが近くにいることも気付かず、空いているベンチを見つけると、うつむき加減に座った。
やっぱり4年間は長かった。変わってしまった妹との距離は思うように縮まない。くるみは昔よく食べたジャムがたっぷりと入ったドーナツをたくさん買ってシーナの横にそっと座った。
「おねえちゃん、この店まだあったんだね」
シーナはさほど驚きもせず、しみじみと言った。
「そうだね。よく買いに来たよね。シーナがフィンの分も食べちゃうから私はいつも半分フィンにあげてたんだよ」
「私ってわがままで、なんにも考えてなかったんだ。まさかおねえちゃんが居なくなるなて……」
シーナは急に泣き出した。
「ごめんねシーナ。おねえちゃんガーラを倒すことができなかったんだ。皆に心配かけちゃったね」
くるみは自分よりも大きくなったシーナを抱きしめた。シーナは抵抗することなくくるみの胸元に潜りこんできた。
(あぁこの感じ、心地いい。2人は同じ気持ちだった)
「フィンは、おねえちゃんは死んだかもしれないって言ったんだ!」
シーナは急に怒り出した。
「だから私はあいつを許さない。絶対許さない!」
今度はくるみが急に笑い出した。
「なんで笑うの?ねぇ、おねえちゃんなんで?」
「ごめんごめん、やっぱりシーナだった。私の知っている怒りんぼうのシーナだった」
どこか腑に落ちないような顔でシーナはそっぽを向いてアイスティーを飲んだ。
「はい、このドーナツ好きだったでしょ」
くるみは真っ赤なジャムがトッピングされたドーナツの箱を開けた。シーナは両手を胸の前で握り、目を輝かせた。
「私、願掛けしてたの」
「どんな?」
「おねえちゃんが帰ってくるまで甘いものは食べないってね」
「えー、シーナが甘いものを……」
くるみは小さな頃からのシーナを知っているだけに驚いた。家族の分も奪ってしまうほどの食いしん坊だったのだ。今のシーナは体もほっそりとしてしまい、どこかよそよそしさも感じていた。
「じゃあもう食べていいんじゃない。私は帰ってきたよ」
くるみは戸惑いながらも優しくシーナの頭を撫でた。
「もう、絶対どこにも行かないで!」
シーナは真剣な目でくるみを見た。
「わかてるよ。もうどこにもいかないよ」
姉妹は夜のマーケットで会えなかった時間を埋めるようにたくさん食べた。
笑った。
泣いた。
「やっぱり、私フィンを許すことにする」
帰りがけにシーナが小さな声で言った。
「ありがとう、嬉しいよ。でもどうして急に?」
「う~ん、わかんない。でも……、今幸せだからかな」
くるみは急に大きくなった妹との日々が待ち遠しく感じた。そして、少しだけ気になっていることを思い切って聞いてみることにした。
「あのね、ナイショの話なんだけど……私が結婚したら父さん悲しむかなぁ」
「えっ、おねえちゃん結婚するの?いつ?誰と?」
急に形勢逆転となり、くるみがどんどん小さくなっていく。
「いやいや、すぐって話じゃないよ。今まで会えなかったのに、今度は結婚したいなんて言ったら落ち込んじゃうかなぁと思ってね」
「大丈夫、私に任せなさい!!私は結婚なんてしないから」
「だって好きな人がいるってフィンが言ってたでしょ?」
結局それも家族から勧められる甘いもの断る理由の1つだったようだ。くるみは不器用だけれど自分を想ってくれる優しい妹を持って嬉しかった。
「こんな指輪存在しなければよかったのにね」
その夜、くるみは隣に眠る妹の顔を見て小さな声で呟いた。
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