第109話 家族との時間 1



 あんなに憎らしく脅威に思っていたガーラに会った夜、くるみは本当の家族と食卓を囲んでした。


 父さん、母さん、弟と妹、兄は仕事で不在だったが4年前と同じように、皆がそろっていた。


 数日前にチェスターリーフの自宅に戻って来たのだ。ナナに頼んで出してもらった手紙は1週間ほどで家族の元に届き、記憶の森の研究所に返事が来た。


 家族は人目を避け、知り合いが暮らす遠く離れた街で無事に暮らしていた。直ぐにミナトに連れられ、再会を果たした。


 下の兄弟は大きく成長し、両親はやつれたように見えた。父親はくるみとの約束通り、くるみが迎えに来るのをかたくなに信じ、家族を守り続けていた。


 その日は涙が止まらなかった。


 くるみは記憶が無いことで空虚感はあったものの、寂しさを感じることはなかった。しかし、家族はどうだったのだろう。


 ちまたではもっぱら死んでしまったと憶測が流れ、英雄扱いされた娘は死を持って国を救ったと称されている。もう過去の話のように世の中は進んでいく。


 そんな中、家族だけは娘が生きていることを信じ、迎えに来ることを信じ、この小さな街で素性も隠し、名前も偽り暮らしていた。


 ここで暮らし続けることが娘の生存を意味していたのだろう。


 とても悲しいことだった。自分が過ごして来た4年間と家族が過ごして来た4年間では、あまりに違い過ぎる。

(私は幸せ過ぎた……。)


 家族に会えて幸せの絶頂のはずなのに再会を果たしたこの日、くるみはうまく笑顔が作れなかった。



 チェスターリーフの自宅は多少のほころびはあったものの、国王の計らいもあり直ぐに暮らし始めることができた。


「今日、ガーラに会ったのよね」


 紅茶を注ぐ母がくるみに話しかけた。


「うん」


「彼も4年間よく耐えたわね」


 その言葉を聞き、母も自分たちと同じくガーラを犠牲者として考えているのだと感じた。くるみは湯気が立ちのぼる紅茶のカップに手をかけた。ぬくもりが手に伝わって来る。不意に美沙みさの顔が浮かんだ。


 いつも食卓に着くと、ウサギの絵柄がついた小さな湯呑にほうじ茶を入れてくれた。そう、美沙みさはもう1人のお母さん。


 そしてテレビの前に置かれたソファで新聞を読む和哉かずや。いつもくるみと美沙の話に割り込もうとして失敗する。くるみの世話を焼くのが生きがいになってしまった和哉。くるみは懐かしさで涙がこぼれそうになった。


「家族っていいね」


 くるみはごまかすように言った。


「そうだな」


 父が新聞を読みながら答えた。我慢していた涙がとうとうこぼれてしまった。父親と和哉が重なって見える。

(会いたい、かずパパと美沙さんに。いつかお礼に行かなくちゃ)



和哉かずや美沙みさの存在。嵐に巻き込まれたような暗い森の中でくるみは発見された。くるみの周りだけ春の陽気に包まれ、緑に光る植物たちに守られていた。そう、11月の寒い夜だった。服は焼け焦げ、体はべたべたとした汚れが付着していた。往診帰りの和哉と美沙は森の異変に気が付き、導かれるようにくるみを発見した。4年間くるみを実の娘のように守ってくれた2人。日本の両親』




「ねえちゃんパン取って」


 弟のフィンがくるみに言った。現実に引き戻されたようだ。


「はい、どうぞ。フィンよく食べるようになったね。それに比べてシーナは全然食べなくなったじゃない!」


 くるみの記憶していたフィンとシーナは年子の兄妹だったが、妹のシーナの方が圧倒的によく食べ、ケンカだって強かった。


 しかし、くるみが不在の4年間の間に心も体も大きく変化していた。16歳になったフィンは背も伸び、ずいぶんとたくましくなっていた。それに比べてやんちゃだったシーナは人が変わったようだ。

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