第104話 別れの時
くるみは自分の命と引き換えになろうともガーラの指輪を抜き取ろうと思っていた。
そのために指輪のイミテーションをいくつも用意していたのだ。宝石が付いているわけではない。
石のようなゴツゴツとした30と1個の指輪はどれも見た目は一緒だった。かろうじて呪いの指輪だけが大きいと言ったところだろうか。
イミテーションの指輪は観光客にも人気がありマーケットでいくらでも手に入る代物だ。準備は簡単だった。しかし、どのタイミングで使うか今の今まで無計画のままだった。
でも、仲間が限界を迎える前にようやく決心がついた。
自分の命はもう惜しくない
皆が笑って暮らせる世界であってほしい
恐怖はいらない
誰もが希望を持てる世界であってほしい
だから……
だから、さよなら
私は何も怖くない
だって皆を救えるのだから
くるみはガーラの前に立った。
全てを目に焼き付けておこうと振り返った。ミナトが地べたに這いつくばりくるみに何かを言っているようだ。
でもくるみには聞こえない。
くるみはポケットに忍ばせた植物の種を取り出した。最後の時に備えて準備してあったのもだ。そっと握っていた手を開くと、優しく息を吹きかけた。すると種は色とりどりの蝶に変わり傷つく仲間のもとへ飛び立った。
「おぉ、これも生の指輪の能力なのか。これで回復させるというのか?」
ガーラはひらひらと舞う蝶を見ながら、もうすぐこの力も自分のものになると信じて疑わないようだ。
「さあ渡してもらおう」
ガーラは蝶から視線を外すと、くるみの髪を乱暴につかんだ。威圧的で逆らうことができないほどの気迫が感じられる。
「さあ、私の指から抜き取りなさい!」
くるみは臆することなく挑発的に手を出した。ガーラはいぶかし気に手を伸ばし、くるみの指輪に触れた。
その場にいた人々は本物の生の指輪が奪われてしまうと絶望した。もしも、3つ目の指輪までもガーラに適合したのならこの世界はガーラに支配されてしまう。
誰もが諦めの、ことの成り行きを静かに見守った。しかし、ガーラの表情は一変し、冷たい眼差しをくるみに向けたのだ。
「ずいぶんと馬鹿にされたものだな」
ガーラは唸るような低い声で呟いた。偽の指輪だと気が付いたようだ。これもくるみにとっては想定内のことだった。
「そうよ、これは偽物。本物は私しか知らない所に隠した。私を殺せば永遠に指輪のありかは分からない」
そう言い放つとくるみは地面に両手を着き、ガーラの近くにあったありとあらゆる植物を爆発的に成長させた。それは見事なものだった。
瞬き一つの間にあらゆる植物がガーラの体を締め上げたのだ。苦痛に歪むガーラの顔には余裕はなかった。無理もない。反撃しようにもくるみを殺すわけにはいかないからだ。
くるみを殺せば指輪のありかが分からない。そのことがガーラの思考を停止させしまったようだ。ガーラは次々に締め上げられる体に焦りを感じていた。
くるみはいつも回復のために使う植物を、初めて攻撃に使った。ガーラの体には薔薇の棘が刺さり、近くにあった若木は首元に巻きついた。
まだまだ油断はできない。くるみは自分にこんな能力があったことに驚いたが、このままガーラを倒せないと感じていた。しかし、倒す必要などない。呪いの指輪さえ抜き取れはいいのだ。
(今だ、今しかない!)
くるみは植物に覆われるガーラに跳びかかり指輪を抜き取った。マザーケトの油のおかげで滑るように指輪が抜けた。
(やった。抜けた!)
その瞬間、城の空に美しい花火が上がった。城兵たちはガーラを確保しようと集まって来た。
「まだ来ちゃダメ!」
くるみは叫んだが、城兵たちには聞こえなかった。
制止させようと叫ぶ声は届かず、武器や縄を持ち無防備な城兵たちが集まって来た。
くるみは呪いの指輪を握りしめたまま植物の成長を促しガーラを締め上げ続けた。
このまま2時間持ちこたえれば指輪の能力は消えるはずだ。このまま耐えることができるのだろうか。
ここまで事がうまく運んだのが奇跡のようだった。1秒1秒が長く感じる。そう弱気に思った時だ。
ガーラに群がる兵士たちが突然吹き飛ばされたのだ。ガーラを締め上げていた植物は引きちぎられ、中から足取りのおぼつかないガーラが現れた。
くるみを探しているようだが、明らかに指輪を抜き取られたダメージがあるのだろう。
すかさずくるみは次の攻撃を仕掛けようとし地面に手を伸ばした。しかし、爆風がくるみの体を直撃した。
くるみは背中から地面に叩きつけられ、息をするのも辛かった。起き上がることもできない。よく見ると体には呪いの炎が纏わりついている。
ガーラは狂ったように叫び、くるみを踏みつけんばかりに荒々しく近づいて来た。そして人形でも拾い上げるように腕を掴むと、天高く放り投げた。その先には、ガーラが作り出した時空の裂け目がぽっかりと存在する。
誰もが息をのんだ。
ミナトはとっさに飛び立ち、時空の裂け目に吸い込まれそうになるくるみを助けようと試みた。しかし、間に合わない。
「指輪は隠してある。安心して。それから……」
くるみの声が聞こえた。
わずか数センチのところでミナトの手をすり抜け、くるみは消えた。
この世界から消えてしまったのだ。
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