第88話 そして見つけた魂の樹



 2人が飛び立った今夜は、三日月にも満たない細いリングのような月夜だった。


 上空から見渡す記憶の森はどこまでも続き、ぼんやりと明るい。


 くるみとミナトは手を繋ぎ何かを話し、時に笑っている。まるでピーターパンとウェンディのようなシルエットが星空を遊覧しているようだ。

 

 2人はタム族からもらった地図を見ながら川をさかのぼり、西の谷を目指した。


「くるみ、きっと今夜中に君の樹は見つかると思う。心の準備はできてる?」


「うん、大丈夫。列車の中で話してくれたように辛いことも悲しいことも受け入れる覚悟はできてるよ」


 くるみは穏やかな顔でミナトを見たが、内心は少し違った。


 どれ程辛い過去の記憶が流れ込んで来るのか不安でたまらなかったのだ。しかし、ミナトがそばにいてくれる。それは紛れもない事実であり、くるみの心を強くするものだった。


 程なくすると切り立った山が左右に現れた。そしてそこがおそらく西の谷なのだろう。族長のキルナ達が教えてくれたのはこの谷を越えた辺りの西の斜面。


 2人は樹の葉に足が着くくらいまで高度を下げ、ゆっくりと飛び始めた。ここまで近づくと色鮮やかな魂の光に手が届きそうだ。


 くるみはランタンをリュックから取り出し、自分の魂の色をもう一度よく見た。ミナトは地図のバツ印の辺りに見当をつけて飛んだ。


「西の斜面のふもとって言ってたから……」


「ねぇミナト君。私、もう少し左の方だと思うの。何だか呼ばれているような気がする」


 そう言うと、くるみは心の感じるままにミナトを案内した。風がふわりと2人に巻き付いた。


「たぶんあっち!」


 くるみが指を指した方向に、くるみの魂と同じ色の光が輝いている。


「あった!」


 2人は同時に叫んだ。その樹は主を見つけ共鳴を始めている。魂の樹は発光を強め、くるみを呼んでいるようだ。


 2人は緊張した面持ちでその樹の根元に降り立った。思ったよりも細い木だった。しかし、たくさんの光の玉が灯っている。


 くるみは1歩ずつ幹へ近づいた。1度振り返りミナトを見た。ミナトは黙って頷いた。ミナトはこれから始まるくるみと樹の対話を固唾を呑んで見守っているのだ。


 くるみは震える手で幹を抱きしめた。そうしろと樹が言っているようだった。


 くるみと樹が1つになった瞬間、たくさんの風鈴が1度に鳴り響くような音に包まれた。くるみは目を閉じたまま動かない。


 たくさんの光の玉がくるみの周りに集まり出した。くるみは遠のく意識の中で必死に願いを伝えた。



(私の失くした記憶をどうか戻しください)



(あなたの記憶は決して素晴らしいものではありません。むしろあなたの心を苦しめるものでしょう)



(でも、本当のことを知りたいんです。覚悟はできてます)



(そうなのですね。あなたが願うのなら記憶のかけらを戻しましょう)



(ありがとうございます)



(また会いましょう。いつかあなたの命が果てるまで健やかな人生でありますように)


 

 くるみを取り囲んでいた、たくさんの光の玉がもとの位置へ戻って行った。しかし、1つだけとり残されたピンクの光がゆらゆらとくるみの周りを漂っている。


 くるみは目を閉じたまま動かない。


 不意に漂う光の玉はくるみの背中に吸い込まれて消えた。


 その途端くるみはふらつき地面に倒れそうになった。

 

 ミナトはくるみを抱え、フウマもとへ飛び立った。

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