第86話 くるみの知らない話 1
1ヶ月前のある夜
3人の男が夕闇に紛れて「パルブーン」へ向かう。
1人はうさ耳パーカーを目深に被りコンビニの袋を両手に携えている。
あとの2人は別の方角から人の流れに逆らうようにやって来る。周囲の雑踏を無視し、足早に歩く2人は夜を楽しむチェスターリーフの街にはそぐわない。
スタンドカラ―のシャツにスラックスという、いかにも教師風な男は隣を歩くサングラスの男を庇うかのように周囲を気にして歩いている。
2人は大通りから外れ、
扉には定休日の札がかかっていたが中には明りが灯っている。扉の小窓から中を覗くと先に着いたうさ耳パーカーの男はコンビニの袋から何かを出しているようだ。
「おまたせ」
サングラスの男は焦る気持ちを抑え扉を開けた。
「早かったねミナト!フウマ先生もこっちへどうぞ」
ケイジロウは2人をカウンターの席に案内すると缶ビールを差し出した。そして、単刀直入に川崎くるみが時代屋時計店に現れたことを告げた。
この日をどれだけ待ったことか。長かった。それぞれの心の中にくるみに対する想いが駆け巡った。
「ミナトの計画から2年が経ったのかぁ……くるみは元気そうだったかい」
フウマは何も言わないミナトに代わってケイジロウに質問をした。
「元気でした。でも、記憶は戻っていないようです。企業保険の会社に就職していました」
「企業保険?」
「はい、時代屋時計店には営業でやって来たようです。あまりに偶然で信じられませんでした。でもこちらにとっては好都合です。店のことを説明できるし、くるみちゃんも少しは時代屋時計店について興味をもってくれた感じです」
「そうか、それで……うまく始まりの国へ連れて来られそうかい」
フウマはうつむいたままのミナトをちらりと見るも、どうにも口を開きそうにない。仕方なく2人だけの会話を続けた。
「話の成り行きで、僕が君の行きたい所へ必ず連れて行ってあげるって言ったら、ちょっと動揺してたな」
「じゃあ信用してくれたんだね」
「どうでしょう。1週間後に仕事上のアポを取ったからそこが勝負かと…。次に来るときは時計を見せて欲しいと伝えました」
「ミナトは?聞きたい事ないの?」
フウマは黙ったままのミナトに声をかけた。
「突然のことで……嬉しすぎて……、頭の中が真っ白です」
ようやくミナトは口を開いた。ケイジロウは少し安心したように焼き鳥とおにぎりを皿に移しカウンターへ出した。
ミナトは2年ぶりに目にしたコンビニ食に口元が緩んだ。
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