第84話 そして別れ
「王子がこのような所で何をしているのですかな?」
タム族の族長キルナはまだ事態を飲み込めない表情でミナトに尋ねた。ミナトはくるみがいるテントを見て言葉を選びながら説明をした。
「実は記憶を失くした女性がいます。彼女はガーラの侵略からチェスターリーフを守ってくれました。しかし、行方知れずになり先日ようやく始まりの国へ戻って来たのです」
タム族の大人たちはざわつき、小声で4年前の出来事を話していた。
「おぉ、話には聞いていたが……。確か若いお嬢さんでしたかな」
キルナは話の筋が見えたように大きく頷いた。
くるみは完全に目が覚め、自分の話をされていることにうろたえながらも、本に書かれていた森の中に住むタム族のくだりを思い出していた。
(もしかして私はラッキーなのかもしれない。きっと私の樹を見つけられる!)
「くるみ、出ておいで」
突然ミナトから声を掛けられた。
いつかはこの小さなテントから出なければと思っていたが、それにはかなりの勇気が必要だった。
タム族のキラキラとした目がくるみのテントに注がれる。くるみもそのことが容易に想像できていた。
くるみはサッと髪を整え、テントのファスナーに手をかけた。冷静を装い一気にファスナーを開けた。
ミナトの足が見える。差し伸べられたミナトの手につかまり、くるみは一気にタム族の前に姿を現した。
タム族の大人も子供も、くるみを見て歓声をあげた。
「あなたが勇者と呼ばれたお嬢さんですか」
キルナは近寄り握手を求めた。くるみは過去の自分の行いを聞いていたので、彼らの想いに合わせるように頭を下げ、握手を交わした。
その様子を見ていた子供たちが駆け寄って来た。くるみの足や腰に抱きつき匂いを嗅いでいる。
「お姉ちゃんいい匂い。都の匂いがする!」
くるみは呆気に取られ助けを求めるようにミナトの方を向いた。ミナトは地面に両膝をついた。
「僕の所には誰も来てくれないのかい?」
そう言って両手を広げると子供たちはミナトの胸に思い切り飛び込んで行く。子供たちの勢いに倒れそうになりながらもミナトは子供たちを抱きしめたり、くすぐったり、くるみの知らない一面を見せた。
子供たちから解放されたくるみはミナトの姿を微笑ましく見ていた。
「ところで、くるみさんの魂の色を見せてもらえるかな」
キルナがくるみに近づいて言った。
「私の魂の樹の場所を教えていただけるのですか?」
「もちろん。記憶を取り戻しに王子とやって来たのだろう?」
くるみはテントに戻り、魂のレプリカを閉じ込めたランタンを持って来た。族長の周りに大人達も集まり、皆ランタンの中を見つめている。
「分かるか?」
キルナが声をかけると、何人かが話し出した。
「これは西の谷を越えた辺りで見たな」
「たしか、2年前に手入れをした山の麓の辺りだ」
「そうだ、この谷はここからかなり離れている。迷わずに行くにはそこに流れている小川に沿って歩くといい」
「今簡単な地図を書こう」
そう言うとタム族の男たちは木の皮に炭で地図を書き始めた。ここから北西の方角に向かうと谷があるという。そこからさらに西側の斜面に向かって登って行くと程なくしてくるみの魂の樹はあるらしい。
場所は分かった。くるみは嬉しくて涙が流れた。
「ありがとうございます。私はとてもついていました。お会いできて本当に嬉しいです」
「喜ばせてから言うのも何だかなぁ。あなたの樹まではかなりの道のりだ」
キルナは少し残念そうに言った。ミナトは話が聞こえていたのか子供たちから離れくるみのそばへやって来た。
「大丈夫です」
ミナトはくるみの横に並び、余裕の表情で言った。
「私は指輪の能力者なので、いざとなれば力を使います。大体の方角が分かっただけでも本当に助かりました」
「そうでありましたか。それは心強い」
くるみたちはテントを畳むとタム族にお礼を言い、別れを告げた。子供たちがいつまでも手を振っている。別れを惜しみながらも、2人は川伝いに北西にある谷を目指し歩き出した。
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