第83話 タム族との出会い



 焚火たきび台に置かれた石は、炭火のように真っ赤に燃えている。


 温かく幸せな気持ちにさせてくれるのはどうしてなのだろう。微かに揺れる炎のを見つめていると急に2人に睡魔が襲って来た。


「くるみ、温かい飲み物飲んで寝ようか?」


「うん、夜通し歩いたから疲れちゃった」


 ミナトは水筒に入れてきたココアをカップに注ぎくるみに渡した。それを受け取り幸せそうに飲み干すくるみをミナトは懐かしそうに見ていた。


「これ、甘すぎない?」


 くるみは飲み終わった後に言った。ミナトは安心したように微笑み、自分も飲んだ。


「いや、これくらいがちょうどいいんだよ!実はさ、昔もくるみは同じことを言っていたんだ。僕が作ったココアを甘すぎるってね」


「味覚は記憶を失くす前と同じだってことだね。なんだか安心した。記憶が戻って別人みたいになったらどうしようかと思ってた」

 

 くるみはこらえきれず大きなあくびをした。それを見ていたミナトもつられるようにあくびをした。


「もう寝よう。昼間のうちに寝ないと体がもたないから」


 ミナトはもっと話をしたい気持ちを抑え、一旦話を切り上げることにした。


 テントの距離はわずか1メートル。お互いの存在を確認できる距離だった。


「くるみ、何かあったら呼んで」


 この距離でもミナトはくるみを心配しているようだった。


「大丈夫だよミナト君。私、本当は23歳の大人なんだから。18歳だと思ってたのに…」


 くるみは深いため息をつきながら足元の草を意味もなく巻き取る動作を繰り返していた。


「それは驚くよね。でもくるみは大人だって知らないまま高校生をしていただろう。でも僕は違う。くるみに近づくために20歳はたちを過ぎてるのに高校生になったんだからさ」


 ミナトは照れくさそうに日本での1ヶ月間を思い出していた。


「転校生のミナト君は皆から大人っぽいって言われてたけど、本当は大人だったんだよね」


「そうだよ。大人なんだから当り前さ。くるみは年上なのに皆と馴染んでたね。花が好きで、カエルも怖がらない。小さな頃と同じだった」

 

 2人は眠るはずが、2年前のたった1ヶ月思い出に花が咲き、なかなか眠ることができなかった。


 こんな時間が過ごせることが幸せで、幸せで…。2人は眠ることを忘れ夢中で話し続けた。昼も近くなり、とうとう持って来たサンドイッチを食べてしまった。お腹を満たすと、さすがにもうまぶたは開いてくれそうもなかった。


「やっぱりもう寝よう」


 2人は名残惜しい気持ちを抑え、テントに入り眠ることにした。心地よい小川のせせらぎを聞いているうちに深い眠りについた。


 森に西日が差し、夜の始まりを予感させる。体が地面に張り付いてしまったかのように眠る2人は、夜の訪れをまだ知らない。



「カサ、カサ、カサカサカサ」

「ズシ、ズシ、ズシン」


 足音と共に複数の話し声が近づいて来る。


 くるみは疲れの取れない重い体を起こし聞き耳を立てた。大人の声の中に子どもの声も混ざって聞こえる。


「明日からはこの辺りの森の再生をしよう」


「5年前にもこの辺りに来たが、ここは日当たりもよく枝の成長が速い。早いとこ枝を払っていこう」


「父さん、このテントには人がいるの?」


「たぶんいるだろうな」


「わぁ凄い!街の人に会うのは何年ぶりだろう」


 子どもたちはキャッキャとテントの周りを走っている。


 ミナトは外の声に気が付きランタンを手にテントから薄暗い森へ出た。人々はテントを囲み30人ほどいただろうか。


「もしかして、タム族の民でしょうか?」


 ミナトは族長らしき男性に近づき声をかけた。


「まさしく、我々は森と共に生きることを定めとしたタム族だ。そなたは何処の都のものだ」


 ミナトはひざまずき、頭を下げた。


「わたくしはチェスターリーフから参りました。始まりの国、現国王クレインの息子ミナトと申します」

 

 その言葉を聞いたタム族の大人たちは驚き、ミナトよりもさらに低くひれ伏した。子ども達は大人の様子から凄い人に出会っているのだと感じているようだ。


「王子、頭をお上げください」


 族長は震える声で言った。


 ミナトは姿勢を正しタム族を見渡した。


「皆さんも頭を上げてください。頭を下げたいのは私の方です。長きにわたりこの森を守ってくださるタム族の民は我が国の宝です。国王に代わり感謝申し上げます」


 くるみは完全にテントから出るタイミングを失っていた。しかし、ミナトと族長とのやり取りを聞いていて、やはりミナトがこの国の王子なのだと改めて痛感していた。

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