第82話 優しい火



 発した声も吸い込まれるほどの深い森。


 しかし、無数に存在する樹々は固有の実をつけたように、静かに輝いている。


 イルミネーションのような強い光ではないが、その樹が持つ記憶の分だけ実をつけ、共鳴する魂を探しているようだった。


 初めて見る光景に目を奪われながらくるみはミナトの横を歩いた。駅を中心に森はどこまでも続いている。


 ある程度の道は存在したが、樹の根が地表にせり出し、足を取られそうになる。一緒に駅を降りた人たちも思い思いに歩き出していた。


「迷子になりそうだね」


「そうだね。だからこのランタンには駅を指す機能がついているんだよ」


 ミナトはそう言って、ランタンについている丸いボタンを押した。赤い光がレザーのように駅に向かって一直線に走った。


「ほんとだ。ガイドの人が言っていた機能だね。安心!」


「だからくるみが行きたい方向に自由に歩いていいんだよ」


1時間ほど歩いただろうか、周りに人影はもう見当たらない。


 くるみの魂の色は薄いピンクに銀色の筋が渦巻くような見た目だった。何度も似たような光を見つけて近づいたが、共鳴する樹はなかった。


 2人は倒木に座り休憩をしながら傾斜を登るように進んだ。何度休憩をしただろうか。もうすぐ夜明けは近い。くるみが肩で息をする様子を見てミナトは黙って手を握った。


 くるみは嬉しくて、でも何も言わずに歩いた。


「夜明けが近いからテントを張る場所を探そう」


 森の中にはある程度開けた場所が存在する。魂の樹であっても永遠に枯れないわけではない。新しい若木が育つとそちらに記憶を持って引越しをするようだ。


 2人が歩いて来た森の中にも、巨木が朽ちて空がすっぽりと見える所がいくつかあった。


 朝日が差し、樹々の間から光の帯が地面を照らす。魂の樹からは光が失われ、ただの森へと変化を始めた。山鳩の低い声と、小鳥の可愛らしいさえずりが朝を運んでくる。


「くるみ疲れた?」


「うん。でもまだ大丈夫だよ」


「今はこれ以上歩いても魂の樹は反応してくれない。夜まで休憩しよう」


 少し歩くと小川の近くに開けた場所があった。ニリンソウが群生し白と緑のこんもりとした花畑は森の中のオアシスのようだった。


「じゃあ、テントを2つ張るから手伝ってね」

 

 くるみはミナトに渡された1人用のテントを袋から取り出した。2本の長いポールを組み立て、テントに交差するように置いた。


 ミナトの真似をし、ポールをテントの生地に通していく。くるみがテントの中に入り交差したポールの中央を持ち上げると、ミナトは外からポールを固定してくれた。


 上からもう1枚の生地を被せるとくるみのテントは完成した。


「こんなに簡単にテントって建てられるんだね。私キャンプ初めて」


「じゃあ、僕のテントも中から持ち上げてくれる?」


 くるみはさっきの要領で交差するポールの中央を持ち上げた。2つのテントの入り口を向かい合わせに設置し、今夜?ではなく、夜までの寝床を完成させた。


 テントの入り口をめくり2人は各々のテントに座った。苔や落ち葉でふかふかの地面は眠るのには問題のない硬さだった。


 ミナトは小さな焚火台を2人のテントの中央に組み立てると、黒い石を2つ取り出し軽くこすり合わせた。すると黒い石は炭火のように温かな熱を出し燃えだした。


「簡単に火が付くのね」


「これは使いたくなかったんだけど、とても便利な道具だからね」


「使いたくない?」


くるみはすかさず聞き返した。


「これはガーラの発明品だからさ」


 くるみは自分の人生を狂わせた張本人の名を聞いて少しばかり動揺した。しかし、『ガーラの栄光と転落』という本を読んでいたせいなのか、不思議と心は穏やかに戻って行った。


「英雄だものね」


 ミナトは驚いたようにくるみの顔を見た。


「ガーラについてケイジロウから聞いたの?」


「私の指輪を奪いに来た話や、ミナト君が死にかけた話を聞いた…。でも部屋に有った本を読んで、北の国フォンテシオでは英雄と呼ばれていたことを知っているよ」


 ミナトは優しく燃える火に目を移し話し出した。


「この火はさ、すっごく優しい火なんだ。温かいのに火傷をしない火。子供も、お年寄りも安心して使える火。しかも簡単に消すことができて、永遠に燃え続ける火。ガーラはの適合者だったからね。僕もあこがれていたよ。でも、あの日から彼は変わってしまった」


ね」


 くるみは読んだばかりの本の内容を復習するかのように答えた。


「そう、呪いの指輪。あれさえ見つからなければ、彼も僕らも幸せだったんだ。指輪は危険なものだと初めて知ったよ」


「でもミナト君も指輪の適合者なんでしょ?」


「そうだよ、でも今はあまりはめていない」


 そう言うとミナトは首から下げているチェーンを引き出し、くるみに見せた。その先にはケイジロウがつけていたのと同じごつごつとしだ指輪が繋がれていた。


「僕は怖いんだ。僕の指輪は呪いの指輪ではないけれど、特別な能力なんて必要なのかな…。」


 ミナトの言葉に一緒に悩めるだけの経験も記憶もないくるみは、かける言葉が見当たらなかった。


(記憶が戻ったらだけどね、一緒に考えよう)

 くるみは心の中でそっとミナトに語りかけた。


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