第78話 くるみの尋問



「ミリアさんのお店に行って来たんですか」


 くるみは聞いてしまった。


 あまりに不躾ぶしつけな質問だと反省しながらも、さっきまで一緒にいたレイラの期待に少しでも答えたかった。


 ケイジロウは教えたはずのないミリアの名前がくるみの口から出て来たことに驚きを隠せなかった。


「なんでミリアのことを知っているの?」


 ケイジロウは冷静を装いくるみに尋ねた。


 くるみは、レイラに会ったことを隠さずにケイジロウに話した。ケイジロウはなるほどとばかりに小さく頷いた。


「座ろうか」


 まだ幾分だが、席は空いていた。2人は先ほど買った海鮮焼きそばを食べ始めた。


「この国は箸を使わないんですね」


「そうだね。ミナトは日本で転校生をやってた時、箸使ってたかい?」


 そう言われてみれば、パンとおにぎりしか食べたところを見ていない。


「ケイジロウさんはミリアさんが結婚することを知ってるんですよね」


 くるみは焼きそばを食べながら、話をミリアの話題へ戻した。


「もちろん知ってるよ。僕はミリアの幸せを願ってるだけなのに、妹のレイラがかなり疑ってるんだ」


「本当はミリアさんのこと好きなんですか」


 くるみはおせっかいな質問をぶつけた。


「大切な友達なだけだよ」


 ケイジロウが少し寂しそうな目をしたのをくるみは見逃さなかった。


「嘘。本当はどう思っているんですか」


「本当にミリアには友達以上の気持ちは無いんだ。好きな人ならもっとそばにいてあげたよ」


 くるみは興奮した気持ちを抑えるために、鼻から体中の息を吐き出した。


「もう1つだけ質問させてください」


「何でもどうぞ」


 ケイジロウは気を紛らわせるかのように、残りの焼きそばを勢いよく食べた。


「もし、時代屋時計店の仕事をやっていなかったら、どうだったんでしょうか」


「えっ?」


 ケイジロウはくるみの質問にどう答えればよいか分からなかった。自分でもそんなことを考えたこともなかったからだ。


「どうなんだろう。何か関係があるのかなぁ」


 ケイジロウは質問の意図が分からずぽかんとしている。


「私はあるともいますよ。もっとそばにいてあげられたじゃないですか」


「そうなのかな…はっきり言うとね、好きって意味がよく分からないんだ。ミナトはくるみちゃんのことを失って初めて好きだと気が付いたと言っていた。俺はミリアが結婚すると聞いても悲しくも悔しくもなかったんだ」


「でも、結婚すると聞いてから花屋に顔を見せなくなったって」


「それはさぁ、仕事が忙しくなったからだよ。ほら、くるみちゃんが時代屋時計店に顔を出し始めたじゃない」


「それで…だったんですか」


「俺はもう少しゆっくり結婚相手を探すよ。誰にも奪われたくない相手が見つかったら結婚を申し込むつもりだよ」


 すっきりとした表情のケイジロウを見て、嘘はついていないと感じた。


 ケイジロウが月に何度か花を買いに行っていたのは、母親のお店『パルブーン』に生ける為のものだったらしい。


 もしかすると全てが姉想いのレイラの勘違いだったかもしれない。


 くるみはマーサの言葉を思い出していた。「恋は止められるものじゃない」本当にそうなのかもしれない。


 ケイジロウの恋心も、ほのかにはあったのだろう。しかし、それは実るほどのものではなく、日常に転がっている小さな出会いのかけらだったのかもしれない。


 あとから聞いた話だったが、ケイジロウがくるみに会いに来る前にミリアのお店に行ったのは、レイラをいつも避けていたことのお詫びを言うためだったそうだ。


 ミリアは妹がケイジロウを追いかけまわしていたことを聞いて、驚いたと言う。


 ミリアとケイジロウはいつものように近況報告程度の話をした。帰りに際にケイジロウは花束を注文した。ミリアが作ってくれたのは、白いスイトピーとミモザの小ぶりな花束だった。今までに見たこのないほどすっきりとしたものだった。



〈花言葉 ほのかな喜び 思いやり〉

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