第79話 小旅行
あっという間に2日が過ぎ、金曜の夕方になった。
ケイジロウは昨日も会いに来てくれた。そしてレイラもさっきまで一緒だった。レイラはミリアの結婚を心から祝福できるようになったと言ってくれた。
くるみは戸惑いながらも、皆のおかげで始まりの国の生活を送ることができている。
ミナトがもうすぐ迎えにやって来る。
いよいよナイトツアーの始まりだ。くるみは時代屋時計店を出発した時のように静かに闘志を燃やしていた。
昨日から何度も持ち物を確認し、忘れ物はないはずだ。
くるみは山ガールのような身軽ないでたちでリュックを背負いミナトを待った。1日のうちで1番賑やかなマーケットの夜がもう始まっている。
人ごみの中から黒ずくめの格好のミナトが現れた。
目立たないようにしたつもりのようだったが、逆に目立っているのが笑えてしまう。おそろいで買ったニット帽を目深に被り、色の薄いサングラスをしていた。
くるみはミナトを見つけるとゆっくりと歩き出した。
「ミナ…じゃなくて桜井君」
くるみは声をかけた。
「似合ってるね。でもくるみじゃないみたいだ」
ミナトは立ち止まってくるみを色んな方向から見た。2人は3日ぶりの再会を楽しみながら日持ちがする食料を買い込んで駅へ向かった。
駅には出発を待ち望む親子や、異国の人々がホームに溢れていた。もちろん全席指定なので、急ぐ必要はない。8時出発の汽車は15分前にホームに入って来る。
みんな夜のツアーに参加することを楽しんでいるようだ。光る髪飾りやキーホルダーを身に着け、お祭り騒ぎのような人もいる。
そんな中、くるみとミナトはひっそりと飲み物を買い、五両目の乗降口に並んでいた。時計を見るともう15分前になろうとしている。
どこからか聞こえ出すカウントダウンに、くるみたちも参加していると、遠くから蒸気機関車の音が聞こえてきた。
「ファァーーン」
長めに蒸気を吹き出す音が聞こえ、次第に音が大きくなる。くるみは初めて聞く汽笛の音に驚きながらも胸が躍った。
ホームに入って来た艶やかな黒い蒸気機関車は、黒煙と水蒸気を吐き出し見る物を圧倒させた。
「これに乗るんだよね」
「そうだよ、これに乗って記憶の森へ行くんだよ。金曜の夜だけに運航している特別列車さ」
この蒸気機関車は7両編成で、先頭車両には石炭が山盛りに積まれている。
山道を進むこのコースは所々で給水をしながらボイラーの圧力を上げて進むらしい。
ホームは空になり、汽笛が鳴り響いた。いよいよ出発の時だ。
「降りる駅は決めた?」
ミナトは2人分の荷物を網棚に上げて、身の回りを整えた。向かい合うように座ったくるみはちょっと困った顔をした。
「まだ決めてない。もうちょっとだけ待って。走りながら決めてもいい?」
「それはいいけど、2時間後の10時が最初の駅で、最後の13番目の駅は1時を過ぎるからね」
そう言うとミナトは駅名と到着時刻を書いたパンフレットをくるみに見せた。
「シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……」
蒸気機関車はゆっくりとホームを離れ徐々にスピードを上げていく。小さな揺れに身を任せ、くるみとミナトの小旅行、いや、大冒険が始まったのだ。
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