第76話 2度目のジュース



 レイラはマーサの喫茶店から一番近いマーケット内の椅子に座っていた。


 くるみが近づいて来たのを見つけるとレイラは立ち上がりお辞儀をした。お腹の前で緩やかに手を組み、ゆったりと頭を下げる姿はとても品があった。


 昨日の様子からは想像もつかない。よっぽど彼女の心を乱すような出来事があったのだろう。くるみはそう思うことにし、自分の気持ちも落ち着かせようとしていた。


「飲み物買って来ますね。何がいいですか?」


 そう聞かれても、直ぐには答えられずレイラに任せることにした。


 レイラはくるみよりも小柄な女性だった。髪はサイドに編み込みがされ、低い位置でアップにまとめられている。細身の体にぴったりと合ったシャツとひざ丈のスカートは彼女の性格を表しているのだろうか。


 隙が無くそれでいて危うさの残るそんな印象を受けた。


 レイラを待っている間これから始まる会話の行先を想像していた。恋愛の話なのだろうか。それとも頼み事なのだろうか。どちらにしてもケイジロウと関係があることには間違いない。


 くるみが気を回しているうちに、レイラは飲み物を持って現れた。


「お待たせしてすみません」


 そう言ってレイラは手にした飲み物をくるみに渡した。よく見るとくるみが今朝飲んだ、初体験のフレッシュジュースのようだった。


「これ、近くのジューススタンドのおすすめのですか?」


 くるみは、ばつが悪そうに聞いた。


「これは、私の一番好きなジュースなんです。あなたの国にありませんか?」


 くるみは「あなたの国」と言われ、改めて自分が異国の人間と認識されていることに身が引き締まった。


「私はこの味、知らないんです。今朝も飲んだんですけどね」


 レイラは驚いた表情で話し出した。


「やっぱり世界が違うと果物も違うのかな。これはグァバの一種です。ストロベリーグァバジュースです。美容にも良くて始まりの国ではどこでも飲める人気のジュースなんですよ」


 確かに朝飲んだ時より、わずかな酸味と南国の香りがマッチしていて美味しく感じられた。あの時は突然ミナトに会えると分かり感覚がおかしくなっていたのかもしれない。


 ジュースの話題が終わると少しの沈黙があった。夕方に近づいたマーケットは賑わいを増してきているようだ。そんな中、くるみはレイラが話し始めるのを静かに待っていた。


 レイラは両手で抱えて飲んでいたジュースからストローを離すと、ゆっくりと視線をくるみに移した。


「やっぱり、私の知っている人にそっくりですね!」


「私が?」


 くるみは驚いた。


「そうなんです。何年も前にいなくなってしまった人です」


 レイラは空を見つめ、小さなため息をついた。


 くるみはこの時、自分のことを言われいるなんて夢にも思っていなかった。しかし、次の瞬間レイラの口から飛び出した言葉に耳を疑った。


「くるみちゃんは近所に住んでいた獣医の娘さんです。私より2つ年上ですがとっても優しくて。小さな頃は、毎朝一緒に学校へ行っていました。姉はあまり学校へも行けず、私は姉のことでいつもからかわれ、毎日泣いていました。でもくるみちゃんは姉のことをいつもかばってくれました。『学校へ行かなくてもお姉ちゃんは毎日成長してるよ』って言ってくれて、いつも私の手を強く握って学校へ連れて行ってくれました」


 レイラの目からは、昨日のことでも話すかのように涙が溢れていた。


 くるみは、たぶん自分のことを言っているのだと確信しながらもミナトに言われた『もう少しこの国の事情と人間関係を知らない事には記憶が戻った時に面倒なことになる』と言われたことを思い出していた。


「その人に私が似ていたから、話しかけてきたの?」


 くるみは敬語をやめて話した。レイラは涙を流したまま笑顔を見せた。


「夢みたい。またくるみちゃんに出会えたみたいです」


 くるみは複雑な気持ちのまま、レイラを愛おしく見つめた。するとレイラが不意に質問をしてきた。


「あの…お名前聞いてもいいですか」

(名前…どうしよう。くるみなんて言えないし…)

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