第75話 まさかの出会い



 列車の出発の時刻に合わせて、金曜の夜7時に迎えに行くとミナトに言われた。


 一晩で自分の魂の樹を探すなんてレアな話のようだ。だらか、最低でも1週間は粘るとも言われた。


 自分の魂の樹を見つける方法を聞いた時は驚いたが、もちろんくるみも覚悟はできている。


 魂の樹が生えている森林地帯は始まりの国の国土のほぼ半分を占めているそうだ。チェスターリーフの駅を出発し2時間ほど列車に揺られるとその地帯に入る。その後、13ある駅から好きな所で降りることができる。


 初心者にとっては降りる駅を選ぶのはギャンブルのようで、一種の賭けでもある。「何番目の駅で降りたいか考えておいて」とミナトに言われたがどうしたものか…。


 実際に景色を見たり、乗ってからのフィーリングで決めようとくるみは思っていた。


 上級者になると、毎週降りる駅を替え、シラミつぶしのように探す人もいるらしい。しかし、夜の遠足に行った子ども達が最初の駅で降りて1時間もしないうちに自分の樹を見つけた話もあるそうだ。


 だから、くるみも奇跡を信じたいと思った。今朝読んだ本のように、アルが奇跡の泉を一晩で見つけられたように。


 くるみは1人になった帰り道、自分なりに必要な物を考えていた。不意に立ち止まり、すぐ横にあったショーウインドーを覗いた。おしゃれをして出かけたわりには、バーゲンにでも行ったかのような自分の姿に笑ってしまう。


 両手に荷物を抱え、ようやくマーサの喫茶店が見えて来た。自分の部屋の窓を見つけると不思議とほっとしてしまう。視線を下げ、マーサを探した。


 しかし、その視界に飛び込んできたのはレイラだった。昨日恐怖の階段を下りた後に出会った彼女。

(どうしよう。またケイジロウさんを探しに来たのかな…)


 何も関係ないはずのくるみだったが、急に鼓動が速くなった。しかも、彼女はくるみに気が付いたような素振りで真っ直ぐに近づいて来る。

(知らないふりをすればいいのかなぁ)

 

 くるみは少し右に寄り、レイラをよけようと進路を変えた。しかし、レイラはくるみの進む軌道に入り込んできた。


 くるみはもう観念したように彼女とぶつかる前に立ち止まった。レイラもぶつかるすれすれの距離で止まった。


 脳裏には昨日ケイジロウが橋のたもとまで詰め寄られていた様子が浮かぶ。くるみは恐る恐るレイラの顔を見た。


 そこには意外な表情のレイラがいた。今にも泣きそうで、必死に耐えているようなそんな幼い顔だった。


「大丈夫ですか」


 最初に声をかけたのはくるみの方だった。レイラは安心したように表情が緩み、頭を下げた。


「話を聞いてもらってもいいですか」


 きのうのケイジロウに対しの剣幕とは打って変わって、とても思いつめたような彼女の様子から無下に断ることは出来なかった。


「あの、私でいいんですか?」


「突然話しかけてすみません。ケイジロウと一緒に昨日いた時代屋時計店からのトラベラーの人ですよね」


「そうですけど…荷物置いて来てからでもいいですか」


 レイラはくるみを見てはっとしたように謝った。


「すみません。私自分のことで頭がいっぱいで。もちろん、待ってます」


 なんだか昨日と違うレイラに拍子抜けしたくるみだった。


「じゃあ、荷物置いて来ますね」

 

 くるみはレイラと別れ、マーサの喫茶店へ足早に向かった。マーサがお客に紅茶を勧めていたので軽く会釈をし、部屋へ戻った。


 やはり多少の緊張は否めない。知り会いでもない人から、話があると言われるなんて経験がなかった。


 買った荷物と一緒にソファーに座った。

(どうしようケイジロウさん…。大丈夫かなぁ…。約束しちゃったし…)


 一呼吸置くと、くるみはレイラが待つマーケットへ降りて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る