第74話 2人の時間



 くるみは触ることのできないはずのレプリカに触れたスタッフの顔を見た。


 スタッフは驚いた表情のままミナトとくるみを交互に何度も見た。そして急に目を伏せ、くるみにお守りを渡した。


「このお守りの使い方はお連れの方に説明してもらってください」


 そう言い残し、がたいのいいスタッフは背中を丸め浮足立つように部屋をあとにした。くるみはガラスの中に納まったピンクの玉を目の前で揺らした。


「きれいだね」


 ミナトが呟いた。


「ミナト君はどんな色なの?」


「僕のは、青みがかった緑だよ」


 そう言うとミナトは花びらが浮かぶ小さな噴水に手を浸けた。くるみの時と同じように両手の内側から光が溢れ出した。青緑色のミナトの魂があてもなく漂い始めたが、ミナトが触れるとパチンと消えた。


「触れるの?」


 くるみは驚いた。


「もちろん!僕は指輪の能力者だからね」


 ミナトは得意そうに少年の顔で答えた。


「お守りの使い方だけど、もしも危険なめにあったり、帰ることができない状況になったら壊して欲しいんだ。壊し方は足でつぶすとか、硬いもので叩けばいい」


「もったいない! でも…そうしたらどうなるの」


「春の大地に戻ることができる。時代屋時計店から螺旋階段を降りて来た後、古めかしい泉があっただろ?」


「うん、そこに魂のレプリカを痕跡として残すってケイジロウさんが言ってた。たくさんの玉が浮かんでた」


「そうなんだ。そのお守りには君を安全な春の大地に運んでくれる魔法が込められている。使うことがないかもしれないけど、使い方は忘れないで」


 ミナトは真剣な瞳で訴えた。


 2人は案内所を出て駅へ向かった。そこに防寒用の服が売っているという。


 くるみは指輪をはめていたスタッフのことをミナト聞いてみようか迷ったが、今は聞くのを止めにした。

(あのゴツゴツとした指輪は確かに魔法の指輪に違いない。私のことを彼は知っていたのだろうか)


 2人は太陽が降り注ぐ街並みを駅に向かって歩いた。


 大きな街路樹が心地よい木漏れ日を足元に作る。歩き出すと案内所の地図で見た通り、すぐに駅らしき建物が見えてきた。街を見下ろす時計台が中央にそびえたち、チェスターリーフのシンボル的な駅のようだ。


 石造りの駅は近づくと思った以上に大きかった。中に入るとドーム状のエントランスが2人を待っていた。


「ここって不思議な建物だね」


 くるみが言うのも無理はない。


 外観は石造りだったが、中はこの街では見ることのない近未来のような空間だった。日本の空港とでも言えばいいのか、くるみの知っている設備がたくさんあった。


 自動販売機や動く歩道。展望台へつながるエスカレーターまで設置され、アナウンスや電光掲示板まであるのだ。


「始まりの国は鉄道や駅だけが発達してるんだ。昔、日本人のエンジニアが整備してくれたことがきっかけで、今だにそのノウハウが受け継がれている」


「でも、ケイジロウさんがこの国の人は不便を楽しんでいるって」


「そうだね。便利はらくだけど、楽しいわけじゃない。ランプを使ったり、歩いて旅をしたり、本から情報を得る。この国はそうして生活する人が多い。でも、そんな始まりの国が鉄道を受け入れたのは便利だからではないと思うんだ」

 

 くるみは考えたが、思うような答えに至らなかった。


「かっこいいから?」


 くるみはSLのポスターを思い出した。ミナトも答えを探している。


「そうかも、かっこいいよね!日本では蒸気機関車はもうほとんど走ってないみたいだけど、始まりの国には蒸気機関車がよく似合う」

 

 それでいいのかもしれない。くるみは深く考えるのをやめた。


 2人は構内にあるナイトツアー用のショップに入り、上下の防寒用の服を買った。靴や手袋、小さなランタンも買った。そして、それを入れる大きなリュックも必然的に買わなければならなかった。


 持ちきれないほどの荷物になり、今日はこれでおしまいになった。


「あとは好きなもの持っておいで」


 くるみは急に、買い物に終わりを告げられ、目の前に幕を下ろされたように不安と寂しさが押し寄せた。


 くるみはまだミナトと話がしたかった。しかし、質問ばかりが浮かんで他愛のない会話ができない。


 このもどかしい現状もきっと記憶が戻れば何もかも解決できるのかもしれない。くるみはそう割り切り、照れながらも今日一日のお礼を言った。


「今日はミナト君に会えて本当に嬉しかった。夢みたい。夢なのかな…。」


「夢じゃないよ。だって、ほら…」


 そう言ってミナトは人が行き交う駅のエントランスでくるみを抱きしめた。くるみの目からは喫茶室で枯れ果てたはずの涙が溢れ出した。


「もう、僕は転校しないよ。だから安心して、くるみ」

 

 どれだけ時間が経ったのだろう。


 ミナトはくるみの涙が止まるまで抱きしめ続けた。駅は別れと出会いの場である。2人の光景は駅の日常の風景のように溶け込んでいた。

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