第57話 更に10年前のある日
くるみがミナトのお兄ちゃん先生と言ったのには理由があった。それは更に10年前の話になる。
当時、学校へ上がる前のくるみは、父の獣医の仕事で一緒に城を訪れることが多かった。
父が城で飼われている馬の様子を見ている間、くるみはいつも中庭で時を過ごした。1時間だったり、2時間だったり、くるみは中庭の花を見たり、蝶を追いかけたり1人で遊んでいた。
時折、庭師の手伝いをしながら待つ時間はくるみの楽しみの時間でもあった。
そんなある日、くるみと同じ5歳のミナト王子と母リリーが突然現れた。
淡いブルーのロングドレスに日傘を差したリリーはとても美しかった。
恥ずかしがる王子の手を引き、くるみに近づいてきた。リリーは芝生に膝をつき、汗ばんだくるみの顔を見た。
「私の息子と友だちになってもらえるかしら?」
優しく透き通るような声はユリの花のようであった。
「はい、よろこんで!」
くるみは摘んでいた花をリリーへ渡し、ミナトへ手を伸ばした。
「手をつなごう!今日から友だち」
ミナトは目を合せなかったが、手はしっかりと繋がれた。
「それから…」
リリーは城から中庭につながる裏門を指さし、
「あそこに立っている男の子が見えるでしょ、彼はミナトの家庭教師なの」
「かていきょうし?」
幼いくるみには家庭教師が何のことなのか分からなかった。
「お兄ちゃん先生ですよ」
リリーはくるみにも分かるように紹介したつもりだった。
リリーが指さした所に立つ少年は先生と呼べるような年ではない。ミナトとくるみの7歳年上、12歳のフウマである。
彼は幼いころから指輪の能力者であることがわかり、親元を離れ城に併設された寄宿舎に住んでいた。
兄弟のいないミナトにとって兄であり、先生であり、友のような存在でもあった。
「フウマはね、くるみちゃんとミナトが安全に遊べるように見ててくれますからね。困ったことがあったら、フウマに助けてもらうのですよ」
そう2人に言い残し、リリーは城へ戻って行った。
裏門でリリーから何かを聞いた様子のフウマは静かに2人の傍へ近づいてきた。
「ほら、あっちに蝶がいるよ。どんな花の蜜を吸うんだろうね。ついて行こう」
フウマはミナトとくるみに優しく声をかけた。
「まて~まて~」
ミナトとくるみは手を繋いだまま右へ左へかけだした。
本当に古い記憶であったが、フウマの心の中にしっかりと刻まれた思い出の場面であった。
フウマはフェスティバルの会場からくるみを連れ出す時も、あの小さな自分を含めた幼い日の3人を懐かしく思い出していた。
城では、緊急事態とばかりに、護衛の中枢幹部が集められ、新しい指輪の能力者の今後について、話し合われようとしていた。
緊急の課題は、北の国の英雄ガーラに生の指輪の適合者が現れたことを知られないようすることだ。
更には、新しい適合者には早急に能力を身に着けてもらい、自分自身の身を守れる程度まで成長させなくてはならない。
その年のフェスティバルは新しい指輪の使い手が現れた喜びで会場は大いに盛り上がった。
しかし、内情はその逆で、ガーラがその知らせを聞いて何か仕掛けてくるのではないかと戦々恐々とする日々の始まりでもあった。
「当時はこんな感じだったんだよ」
ケイジロウはかれた喉を紅茶で潤した。ミナトやフウマから聞いた話をもとに、8年前のフェスティバルと、更に10年前のくるみとミナトの出会いをできるだけ詳しく説明した。
くるみは話の途中からそわそわと落ち着かない様子だった。なぜなら、ミナトと言う名前が何度も出てきたからだ。
「ミナト王子って、まさか……私の知っている……ミナト君じゃないですよね」
くるみは、気になり過ぎていたことを尋ねた。
「それが……くるみちゃんの学校に来た転校生の桜井ミナトは……始まりの国の……王子だったんです!!」
ケイジロウは勢いに任せて言い放った。
「えっ、ミナト君は……こちらの世界で…始まりの国の王子だったんですか!」
「王子だったんです!しかも、僕の従弟でして…」
何ともぎこちない会話がしばらく続いた。
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