第56話 8年前のフェスティバル
その日は朝からケイジロウも自分の担当するブースの準備をしていた。
フェスティバルのブースは毎年10前後あり、王室の紋章入りのグッツ、厄除けの願いを込めたリース、王室御用達の商品、軽食販売も人気だ。
ケイジロウの祖父も王室の料理長としてたくさんのコックを従え料理を振る舞う。噴水の周りにテーブルと椅子がセッティングされており、弦楽四重奏が優雅なひと時を演出している。
ケイジロウは時の指輪の能力を使い、古いものを新品同様にしたり、逆にアンティーク風にするのが得意だったりする。
毎年多くの人が奇跡の瞬間をこの目で見ようとやってくる。ワインやチーズを荷馬車で大量に持ち込む人も多く、ほんの数秒で熟成ワインやチーズの出来上がりだ。
こんなに能力を使うのはこのフェスティバルの時だけである。なぜなら、時の指輪の能力者は代々魂の通り道の管理人をするのが役目だからだ。
しかし、この日ばかりは、時代屋時計店の仕事はお休みにし、街の人たちの願いをどんどん叶えてあげるのだ。
国民のために奉仕をし、楽しませるのが今の国王、クレインの方針だったからだ。
ケイジロウは昼食もとらず、次から次に現れる客を前に力を使った。
客足のピークを迎える昼過ぎのことだった。
城の中庭で行われていた指輪の適合者を探すブーズから悲鳴にも似た歓声が聞こえてきたのだ。
ケイジロウのブーズに並んでいた大勢の客も外の様子を見ようと出払ってしまった。
しかたなくケイジロウも一旦ブースを閉め、騒ぎのある方へ向かった。
その途中で走るフウマ先生と出会った。このフウマと呼ばれた若い教師も指輪の能力者であった。ケイジロウとは違い、風の指輪の使い手である。
「先生、この騒ぎはいったいどうしたんですか」
「指輪の適合者が現れたらしい。指輪が光を放ったというんだ」
「えっ、どの指輪ですか」
「分からないが、至急テントに来るように連絡が入った。しかも、適合者は王室学校に通う生徒らしい」
「じゃあ、先生の教え子ですか」
「かもしれないね」
2人は指輪のブースから追い出された人々と、近づこうとする人の波をかき分けテントの入口へ向かった。
入り口にはフウマの師匠にもあたるガントが待っていた。
「おう、フウマ早かったな」
「師匠の言葉が城にいる私の耳に届きました。凄い技ですね」
「風を使えば、簡単なことじゃ。明日にでも教えてやるぞ」
「ありがとうございます。それで、このテントの周りを覆う竜巻のような風は結界ですか」
「そうだ、この瞬間にもガーラ現れるかもしれん。見つかると大変なことになるからなぁ」
このガントと呼ばれた70そこそこの男性も、フウマと同じ風の指輪の使い手である。
「よし、じゃあ3人で中に入るぞ」
ケイジロウは竜巻に指を触れ、そこだけ風を止めた。
そして、ガントの合図で3人はテントの中に入った。テントの中は薄暗かったが、そこには1人の少女が数人の護衛隊と共に光る指輪を眺めている姿があった。
「君は、ミナト王子の幼馴染」
フウマは、信じられない様子でくるみを見た。また、ケイジロウも、幼少の頃、ミナトと城の中庭で遊ぶくるみを目にしていた。
あまりにも身近な人間が指輪の適合者であったことに2人は驚いた。
「くるみちゃんだよね」
フウマは顔を覗き込むように声をかけた。
「はい」
「僕のことわかるかい」
「ミナトのお兄ちゃん先生。フウマ先生ですよね」
「そうそう、よく覚えていたね。指輪、驚いたでしょう。城でゆっくり話をするからついて来て」
そう言うと、フウマとくるみは風の結界をすり抜け城へ向かった。
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