第40話 揺れる心
くるみの時計には無限の時間があるらしい。
ミナトにもらった時には普通の腕時計にしか見えなかった。
確かに世界一大切で、くるみが持っている物の中では宝物と言っても過言ではない。
しかし、今日からは無限にタイムトラベルができるパスポートのような存在になったのだ。
くるみは家に帰る電車の中で2年前にミナトから言われたこと思い出していた。
「古い店には本当の自分に戻るためのヒントがある」確かにミナトはこう言っていた。
もしかすると時代屋時計店のことを言っていたのだろうか。
(ミナト君にも会いに行けるのかもしれない)
くるみの目の前には急に道が開け、光が差してきたようだ。
今週末は
ケイジロウが言っていたことが本当なら、時代屋時計店から旅行に行っている間はこちらの世界には存在しなかったことになるらしい。
だから旅行へ行くとしても2人に言う必要はないのかもしれない。
(でも2人から私の記憶が無くなるのは嫌だ)
くるみは自由を手に入れたはずなのに急に臆病になる自分に気が付いた。
それから週末までの数日間は心の整理が付かず研修中も心ここにあらず、と言った具合だ。
「くるみちゃん最近どうしたの」
「すみません。
「ふ~ん、私事ね。なんだか大人っぽいじゃない」
「仕事で悩んでるわけじゃないんです」
「今日は金曜だし、ご飯だべて帰らない?」
「実は今夜、実家に帰ろうと思ってるんです」
「そっか…。じゃあ実家でお母さんの手料理食べ方が元気になるね!」
「誘ってくれたのにすみません」
くるみは明に時代屋時計店の秘密を話していないことに、後ろめたさを感じていた。
会社では、くるみの過去の出来事を知る者はいない。現に明も何の疑いもなく「お母さんの手料理」なんてことも言えてしまう。
くるみが都会に出てきて一番嬉しかったことは、誰も『記憶喪失の哀れな少女』という目で見てこないことだ。
高校生の時もあからさまに記憶喪失の話を聞いて来る人はいなかったが、陰で話題になっているのは分かっていた。
しかし、社会人になってこの街で暮らすようになってからは、何も気にせず美沙と和哉を両親として語ってもかまわない。
これはくるみにとって本当に生きやすいことだった。
実家とも呼ぶべき川崎診療所へ着いたのは夜の9時近くだった。
美沙が駅まで迎えに来てくれたおかげで30分は早く着くことができた。
くるみと美沙は、車の中でひとしきりお互いの近況報告をしてきた。
「やっぱりこの町に帰って来るとほっとする」
くるみは車から降りると夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「そうでしょ、だってここがくるみの故郷だもの」
美沙は嬉しそうにくるみが見上げている空を一緒に見つめた。
家で待っていた和哉は車の音に気が付き慌てて玄関に出て来た。
「くるみ、お帰り!会いたかったよ~」
和哉は何年もくるみに会っていなかったような出迎え方だ。
「ただいま、かずパパ」
「嬉しい、嬉しすぎる」
和哉は今にも泣き出しそうだ。
「かずさん、1ヶ月前に会ってるでしょ。毎回感動できるってある意味凄いわね」
美沙はそう言いながら、くるみの荷物をトランクから出し、家に入って行った。
「かずパパ、お土産があるの。和生菓子だよ。だから早く家に入ろう」
2人は顔を見合わせると、ゆっくりと玄関へ歩き出した。
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