第28話 別れの後~ミナト編1~
ミナトは時代屋時計店の扉をくぐった。
時計だらけの店内はどれが正確な時間を表しているのか分からない。
ガラスのショーケースには時を刻むことを忘れた時計がぎっしりと詰め込まれている。
その隙間を通り、土間から1段高くなった畳の部屋に鞄を投げ捨てた。
お客が来ても見えないように竹細工の間仕切りが置かれた六畳ほどの部屋が、この1ヶ月間のミナトの滞在場所だった。
制服の上着を脱ぐと、どこからか白い花びらが落ちてきた。
さっきまで一緒にいたくるみが急に懐かしくなった。
薄暗い店の床に落ちた花びらをそっと拾い、頬に寄せた。くるみを思い出す香がする。
ミナトは花びらを握りしめ、畳の上に身を投げた。
この1ヶ月はあっという間だった。くるみがいくら始まりの国の住人であってもこの店の決まり事で大切にしてきた時計がなければタイムトラベルも異世界への移動もできない。
ましてや、自分からこの店を見つけるなんて……(本当にくるみはこの店に姿を現す日が来るのだろうか)
聞き慣れたウインドチャイムの音とともに、土臭いひんやりとした風が流れた。
「帰ってたんだ。時計渡せた?」
「うん、渡せた」
「計画は成功したんだね。くるみちゃん泣いてなかった?」
「オレが泣いた」
「ミナトが? クールなミナトでもやっぱりダメだったかぁ」
「ケイジロウ、本当にあの時計は無限の時間を与えられた時計なんだよね?」
「もちろん!用意するの結構大変だったんだよ」
ケイジロウはこの時代屋時計店の管理人でミナトのいとこである。2つ年上の23歳で、5年前に祖母のマリナからこの店を引き継いだ。
「ミナト、特例を認めてあげられなくてごめんね」
「しかたないよ、決まりなんだからさ」
ミナトは土間に置かれた応接セットの低く過ぎるソファーに腰かけた。
「それにしてもこのソファー買い替えたら?バネに弾力がなくて、本当に支えてもらえるのか座るたびに冷や冷やするよ」
ケイジロウはため息をつき、棚に置かれた古い写真立てを指さした。
セピア色の写真には、和服の女性とシルクハットに背広姿の男性がにこやかな顔で写っている。
「この店は堺の商人だった
「そっ、それは凄いことだけど、それとこのソファとどんな関係が?」
ケイジロウは金庫が置いてあるもう1つの部屋へ何かを取りに行った。
戻ってくると、手には貴重品でも扱うような白い手袋がはめられており、封筒の束が入ったお盆を手にしている。それをミナトの目の前の机に置いた。
「何、これ?」
ミナトは自分の質問の答えと、どう結びつけていいのか戸惑った。
ケイジロウはたくさんある封筒の中から比較的新しい封筒を取り出した。『昭和二十四年
ケイジロウはミナトに見えるように手紙を開いた。
そこには終戦後に時代屋時計店を再開した喜びの言葉と、これからも支援を続けさせてほしいとのことが書かれていた。
そして、今井さんから、店で使うガラスのショーケースや応接セットを寄付することが書かれていた。
「じゃあこれは、その時のソファーってことか……」
「そうなんだ。そして、その今井光夫さんはオレのばあちゃんの恋人だった。商売をやっていた今井さんの店がすぐ近くで、この店にもよく顔を出していたらしい。小さい頃から店先で遊んでいた幼馴染のような関係だったらしい。話は続くんだけど、お腹が空いたからちょっとコンビニ行ってくる」
ケイジロウは驚きを隠せないミナトを1人残して突然出て行ってしまった。
ミナトは更に背中を滑らせ、ソファーから落ちるギリギリになりながら与えられた情報だけで話を整理してみた。
ケイジロウの祖母マリナは始まりの国の住人。そして、ケイジロウの祖父も始まりの国の住人で長いこと城の調理人をしていたのでよく知っている。ってことは結婚したわけではない。
恋人かぁ……。
急に別れ際のくるみの顔が浮かんできた。
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