第27話 そして別れのとき
ミナトとくるみは初夏の風を受け立ち上がった。
レモン畑の中をゆっくりと歩き出すものの、言葉を交わすのが怖い2人だった。でも、手はしっかりと繋がれている。
「くるみ、少しだけヒントを言うね。」
「えっ、何の?」
「本当の自分に戻るためのヒントだよ。古い店にはたくさんの記憶が存在する。たとえ他人のものであろうと、君の心を刺激してくれるはずだ。」
「骨董品の店とか?」
「まぁ、そんな感じかな。看板に注目した方がいいと思うんだ。読めないくらい古い看板の店なら間違いない!」
「そんな店有るかなぁ…私3カ月に1度、都会の大学病院へ検査に行ってるんだけど、そんなような店が有ったかもしれない。」
ミナトはぎりぎりの範囲でヒントを言ったつもりだった。
くるみがどこまで本気に捉えてくれるか分からなかったが、これで時代屋時計店にたどり着く確率は上がったはずだ。
バス停が近づいてきた。ミナトは引っ越し先の住所をくるみに聞かれないかと冷や冷やしていた。
ミナトは転校するわけではない。ミナトが戻るのは「始まりの国」だ。手紙なんて届かない。もちろんスマホの電波も届かない。
商店街に出るとすぐにバス停が見えてきた。くるみは何も言わず、ミナトの手のぬくもりだけを感じて歩いた。
ミナトは繋いだ手を自分から離したくなかった。
くるみが始まりの国から消えた夜もそうだった。
くるみの手を離したくなかった。
しかし、城を襲うガーラとの戦いで瀕死の状態だったミナトにはもう力が無かった。
くるみは自らミナトの手を振りほどき、ガーラに向かって行った。ガーラがはめている3つの指輪の中から呪いの指輪を抜き取った瞬間、くるみは時空の割れ目に吹き飛ばされた。
そして、戦いは終わり、くるみは消えた。
バスが止まった。
「さよならミナト君」
くるみはしっかりとミナトの目を見て小さくささやいた。
「手を離したくないんだ……」
ミナトは周りの人に聞こえるくらいの声で叫んだ。
「大丈夫だよ、心は繋がったままだから。また会えるから」
ミナトはくるみに
「ありがとう。ミナト君 忘れないよ」
くるみは頬を伝う涙を急いでふき取り、バスに乗った。
これ以上ミナトのそばにいると自分まで離れられなくなる気がしたからだ。
このお昼を過ぎた時間帯のバスはいつもすいている。乗客もまばらだったため、ミナトが見える窓側の席は空いていた。
ミナトは今にも泣きそうな顔をしている。
「笑って!ミナト君」
ガラス越しにくるみの声が聞こえた。
それでも悲しそうなミナトに、くるみは貰った時計を急いで腕にはめて見せた。
ミナトはそれを見て薄っすら笑顔になった。
定刻になりバスは発車した。
こうして2人は、確かな約束を何一つしないまま別れたのだった。
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