第29話 別れの後~ミナト編2~
もう90歳近いあのマリナばあちゃんが……。想像すると少し笑ってしまう。
しばらくして、近くのコンビニで買い物をしたケイジロウが帰って来た。
深緑のエコバックからは、ビールが6本に焼き鳥(塩)、焼き鳥(たれ)、焼き鳥(ねぎま)がたくさん!
そして昆布のおにぎりが2つ出てきた。デザートはフルーツがたくさん入ったゼリーだ。
「何これ!オレの好きなものばっかり」
ミナトはのけ反っていた体を前に戻し、子どものような笑顔になった。
日本での1ヶ月の生活で焼き鳥と、昆布のおにぎりが大好物になったのだ。
テーブルを片付け、2人は最後の晩餐の準備を始めた。
「プシュ!」
缶ビールから、白い泡が飛びはねた。
「じゃあ、計画成功を祝しまして乾杯しますか!」
疑問だらけのミナトも、とりあえず乾杯した。
「それで?」
不満そうな顔でミナトは呟いた。
「やっぱり聞きたい? ソファー、ばあちゃん、今井さん、恋人、このキーワドで分からないかなぁ」
「分からない」
ミナトは今座っている低く過ぎる黒いソファーを指さし、さっきの質問をもう一度した。
「どうしてこれを買い替えないわけ?」
少しイライラした口調だ。
「簡単に言えば、大好きだったけど結ばれることのできなかった、マリナばあちゃんと今井さんとの思い出のソファーだからだよ。ばあちゃんは泣く泣く今井さんと別れたんだ。向こうは大商人の跡取り息子だし、住む世界が違うだろう」
「そっか……結ばれるわけないか。世界が違う…」
ミナトは妙に納得した。
この店を引き継ぐ時に、ケイジロウが言われたことは、今井家には感謝の気持ちを忘れないこと。
そして、光夫さんと座っておしゃべりをしたこの応接セットを大切にすることだった。
いや、大切にするというよりも、捨てたら殺す!くらいの勢いだったように記憶している。
管理人はこの店から自由に出歩くことはできない。
せいぜい出ても50メートルくらいだ。それを超えると見えない壁のようなものが立ちはだかり先には進めない。
(50メートル以内にコンビニが有ってくれて本当に助かっている)
「若い頃のばあちゃんは管理人の仕事をしているせいで辛い恋をした。光夫さんは自分の縁談が決まってからも店に顔を出していたらしい。だぶん、光夫さんも別れたくなかったんじゃないかなぁ」
ミナトは遠い昔の恋の話に、自分の想いを重ねていた。
「だからばあちゃんはさ、くるみちゃんがあの戦いで犠牲になったことに胸を痛めていたんだ。大好きな人と国を守るためにガーラに向かって行くなんてね」
突然くるみの名前が出てきたことにミナトは動揺した。
大好きだなんて言われたことはないし、言ったこともない。でもミナトは小さな頃から、くるみのことが好きだった。城の開放されているバラ園に父親と一緒にやって来たくるみがミナトの最初の友達だった。
明日からはまた始まりの国の住人に戻らなくてはならない。「国の復興と残りの指輪の捜索」そして「王子」としての仕事も多少ある。
缶ビールを持ったまま考え込んでいるミナトを元気づけようとケイジロウは言葉を探した。
「マリナばあちゃんが作った時計だから間違いないって! GPSも仕込もうかと思ったんだけどね。さすがに犯罪だよね。ばれたらミナトが疑われる」
「そうだね、賢明な判断だよ」
2人はビルの谷間にひっそりと存在するこの〖時代屋時計店〗でいつかくるみが訪れることを願い、信じ、1ヶ月の共同生活を静かに終えた。
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