第24話 つないだ手  


 早々に答案用紙に答えを記入したミナトは

 窓から見える空を、

 街並みを、

 教室を、

 一緒に水をあげた花を、

ひとつ残らず目に焼き付けようとしていた。


 最初から分かっていたのに別れを切り出すのは思いのほか苦しいことだった。


 テスト終了のチャイムが鳴った。ホームルームが終わりミナトは教室を出た。そこにはくるみが待っていた。


 皆がテストの話で盛り上がっている中、2人は足早に玄関へ向かった。

 

 外に出ると1年生の女子たちがジョウロの先から飛び散る水をかけ合いながら、楽しそうに水やりをしていた。

 

 ミナトとくるみが来たことに気がつき、女子たちが駆け寄って来た。


「いつも先輩たちばかりにやってもらってすみません」


 くるみとミナトは顔を見合わせた。


「好きでやっていることだから、気にしなくていいよ」


 ミナトが答えた。


「そうだよね、くるみ?」


「その通りだよ」


 くるみはミナトに寄り添い1年生に笑顔を向けた。


「じゃあ今日は任せていいんじゃない」


 そうミナトが言ったので、くるみは水やりを諦めた。


 ミナトに促され、校庭横のウットフェンスを目指す。

 

 この1カ月、2人が通い詰めたせいか、隠し扉までの下草は、獣道のように跡がついていた。

 

 フェンスは軽い力で押すことができた。レモンの白い花びらは地面に散らばるも、なお香しい。


「くるみ!手、つなごう」


 戸惑いながらもくるみはミナトが伸ばした左手に触れた。ミナトはぎゅっとくるみの手を引き寄せた。


「手をつなぐってこんな感じなんだ。温かくて安心するね。」


 恥ずかしそうにほほ笑むくるみを見たミナトは、これからもずっと、こうしていたいと思った。


「お弁当持つよ。」


 くるみの肩に掛けていたトートバックをミナトは自分の右肩に掛けた。ずっしりと重かった。


 いつものようにレモン畑を抜けた先にある、海の見渡せる丘へ向かった。

 そこには農園の人が腰かけるために置いた古い木箱が置かれている。

 慣れたように2人は箱を並べて座った。


 くるみが作ったお弁当には煮込みハンバーグと卵焼き、キュウリとニンジンのピクルスそして大きなお握りが2つ入っていた。


「もう、お腹いっぱい。ありがとう。」


「まだあるの。これはかずさんからで、こっちは美沙さんから」


 くるみは恥ずかしそうに容器を2つ取り出した。


「私がミナト君にお弁当を作る話をしたら、2人とも張り切っちゃって」


「じゃあ食べてみようかな」


 ミナトは美沙からのピンクの入れ物の蓋を開けた。ブドウとメロンが入っていた。1つ口に入れた。


「美味しい」


 ミナトは次々とフルーツを食べた。そして、和哉の作った少し大きめの容器を開けてみた。中には大きなから揚げが5つとレモンのくし切りが添えてあった。


「これは全部食べられるかなぁ」


ミナトはちょっと自信なさそうに言った。


「これはやり過ぎだよね。残していいらか」


 くるみは心配そうにミナトに言った。ミナトがから揚げを1つ摘まむと、その下からメモ書きが現れた。

 油が染みないようにラップに包まれている。くるみに気が付かれないように急いで読んだ。



〖くるみと仲良くしてくれてありがとう。

君に出会ってからくるみは本当に変わった。

これからもよろしく頼む〗

               川崎 和哉


 

 ミナトは急にうつむいた。我慢していた涙が溢れ出す。自分のしていることが間違いのように感じた。


(くるみや、くるみの新しい家族を苦しめてしまう。でも、こうするしか手段はない。今日で別れを言わなければならない。  

くるみは思っていた以上に僕と仲良くなってくれた。記憶が無くて、昔の僕を知らなくても受け入れてくれた。小さな頃から僕たちは一緒に遊び多少のケンカもした。同級生として同じ時間を過ごしてきた。君が僕らと同じ指輪の能力者だと分かってからは、国を守るためにたくさんの訓練や危ない任務もこなしてきた。でも、今の君は少しか弱い高校生だ。本当の年齢を知ったら驚くだろうな。この出会いは君を元の世界に戻すため、1年以上もかけて考えてきた計画の途中だ。でも、計画が成功しているせいで、また辛い思いをさせなくてはらない。どうか、耐えて、あの場所へたどり着いてほしい。)


 ミナトは小さく深呼吸をすると、心を決めて話し始めた。


「くるみ、話があるんだ」

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