第23話 別れの予感


 楓花ふうかがくるみを見つけて駆け寄ってきた。


「ついに朝も一緒に登校ですか」


 楓花は先生のような口調でふざけて言った。


「今日は早い電車に乗れたって言ってたからバス停まで来てくれたんじゃないかなぁ」


「何言ってるの、それは口実でしょ!」


「そうかなぁ」


「くるみとミナト君は付き合ってるの?」


「付き合ってる? ただの友達だよ。昔から知っていたような…」


「えっ!昔からって、くるみ記憶が戻ったの?」


「えっ!記憶が無いこと…知ってたの?」


「あぁ……、知ってた。親が教えてくれたの。黙っててごめん。」


「そうなんだ、私、みんなに内緒に出来てると思ってた。やっぱりみんな知らないふりをしてくれてたんだね」


 くるみは自分だけが孤独を抱え、誰にも迷惑を掛けないようにと頑張って来たつもりでいた。でも、楓花のようにくるみの記憶喪失のことを知っている人は予想よりもたくさんいて、みんな何も言わないでいてくれたんだと分かり恥ずかしさが込み上げてきた。


「くるみ、つらい時は頼ってね。みんなくるみを受け止める準備はできてるんだから」


 くるみはそんなことを言われるなんて思ってもいなかった。


「ありがとう」


「くるみ泣いてるの?」


「びっくりしたのと、嬉しかったのが重なって涙が出てきた」


 くるみは、あの夜から数えて2度目の涙を流した。自分の境遇を悲しまないために、絶望の海に溺れないように、自らの心を硬く、硬く閉ざしてきた。

 

 感情は最低限に抑えた。でも、ミナトといる時間は違った。心を覆っていた殻のようなものが毎日、毎日剥がれ落ちて行くのを感じずにはいられなかった。

 

 心は、花に水をあげた時のように潤い、様々な感情が湧いてきた。


「くるみはミナト君が来てから随分と変わったね」


「そう思う?」


 くるみは涙を拭きながら、楓花を見た。


「うん、今までより遠慮が無くなってきたって言うか、付き合いやすくなったよ。偉そうなこと言っちゃったかなぁ」


「遠慮なくかぁ…」


「そこは、気にすることないよ。遠慮なくって言ったのは、くるみから壁みたいのが無くなってきたってこと!いいことだよ!」


 くるみはミナトや周りの人達に感謝の気持ちでいっぱいになった。


「さぁ、テスト頑張ろう!」


 楓花はうるんだ目で言った。


 1時間目は数学のテストだった。2時間目は家庭科、そして3時間目は苦手な歴史だった。

 あっと言う間にテストは終わり、この3教科からやっと解放された。

 

 みんなが何げなくやっている、両手を上げて伸びをするポーズをやってみた。

 以前であれば、こんなリラックスしたことを人前ではできなかった。


 いつもどこか遠慮をし、行儀よくいなくてはいけない。嫌われるようなことや迷惑をかけてはいけない。

 そんな緊張感が常にまとわり付いていた。でも、これからは、少しずつでもいいから自分の心を解放してあげようと思った。




ミナトに導かれるように自分を取り戻すくるみ


くるみのいない「始まりの国」へ帰るミナト


明日に希望を持ち、生きる喜びを取り戻したくるみ


また会えると約束のできない未来に絶望するミナト



 くるみは、今日でミナトが去っていくことをまだ知らない。もう永遠に会えないかもしれない。でも、ミナトの時計に与えられた時間は36日間。タイムトラベラーは自分の大切にしてきた時計を「時の秤」かけて旅の時間を与えられる。


 残りの6日は何かあった時のために残しておきたい。


「だから、今日でお別れだ。」

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