第21話 約束


 

 7月に入り、真夏のような暑さが続く。


「くるみ早く!」


 ジャージのままのミナトが玄関先でくるみを呼ぶ。


「先に水汲んでおいて」


 くるみは夏服の白セーラーだ。

 

 最近は肩を覆うくらいに伸びた髪をポニーテールにしている。ふわっとゆるくカールした髪はミナトと同じ茶色。

 

 傍目はためからはカップルのように見えるが、異性を気にせず遊んでいた子どもの頃のように無邪気な2人だ。


 このまま時が進むものだと、くるみは思っていた。


 ミナトがまた引っ越すと言っても1年くらいはこの街にいるのだろうと勝手に思い込んでいた。


 水やりを終えた2人は秘密の場所で贅沢な景色を見ながらお昼を食べていた。

 

  レモンの実はピンポン玉くらいの大きさになり毎日の成長が目に見えるようだ。

 

くるみは美沙と一緒に作ったポテトサラダにから揚げ、味付き卵を持って来ていた。

ミナトはいつもと変わらずコンビニのお昼だ。


「今度お弁当作ってあげようか?」


 くるみは前から思っていたことを聞いてみた。


「いいの?」


 ミナトの大人びた顔が一瞬少年のように輝き、嬉しそうにくるみを見つめる。


「お弁当箱ある?」


「あるかなぁ、今親と一緒に住んでいないからなぁ。だけど用意するよ、必ずね。」


 ミナトはくるみにこう言ったものの、もうあまり時間がないことをくるみに言えずにいた。


 高校はもうすぐ期末テストの期間が始まり、それが終わるともう夏休み気分だ。


 くるみとミナトも皆と同じように、放課後図書室や自習室で勉強をした。

 

 ミナトは成績も優秀なようでどんな課題もすぐに終わらせてしまう。

 化学の実験レポートも、くるみが書き始めた時にはもう終わっていた。


 明日は期末試験の1日目。


 くるみとミナトはオレンジの夕日に照らされ、温かさが残る石畳の坂道をバス停に向かって歩いていた。


「期末テストが終わったらお弁当作って来るね」


「ありがとう。楽しみだな…」


 そう答えたミナトだったが、心はあの時と同じように絶望の風が吹いていた。


 ミナトには本当にもう時間が無かった。(次はいつ会えるのだろう。1カ月ものときを使ってしまった。)


 くるみが暮らす世界「」にはあと1日しかいられないのだ。

 

 期末テストは3日間続く。

 

 くるみが作ってくれると言ったお弁当が食べられないことよりも、またくるみを一人にしてしまうことが、くるみを連れて帰れないことが、どうしようもなく悔しいミナトだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る