第17話 いい所
2人はほとんど会話も交わさず、時間いっぱい水やりをした。
「また水やり手伝ってもいい?」
上履きに靴を替えながらミナトは言った。
「うん、私は別に構わないけど」
教室に戻ると、何人かの女子がくるみを取り囲んだ。
「ねぇねぇ、何でミナト君、水やりしてたの?美化委員会に入ったの?何話したの?いいなぁくるみ!」
まるで芸能人にでも会ったかのように質問攻めだ。
「分からないけど、みんなに注目され過ぎて逃げ出して来たんじゃないかなぁ」
くるみのそっけない答えに、女子たちは理解したのか、してないのか分からない表情で席に戻って行った。
くるみが席に着くと楓花はにやにやした顔でくるみの肘を突いた。
「くるみ、やるじゃない!あんなイケメン転校生と2人きりなんて」
「やっぱりそう思われるよね。ミナト君は皆に見られて疲れたんじゃないかなぁ」
次の日の昼休み、くるみが玄関に行くとミナトは既に外玄関の階段に座っていた。
「こんなに早くお弁当食べたの?」
「いや、まだ食べてない」
そう言って、コンビニの袋を持ち上げてくるみに見せた。パンと飲み物が入っている。
「じゃあ急いで水やりをしよう。いい所教えてあげる」
「いい所?」
2人は勢いよく水を出した。くるみは入学したばかりの頃、教室でお弁当を食べるのが嫌な時期があった。
その時、担任だった
篠崎先生は高校で生物の教師をしているが、実家は果樹園で、しかも、高校の隣のレモン畑は篠崎農園の土地なのだ。
先生は校庭から農園に入る入り口を教えてくれた。
「いい所って近くなの?」
「うん、篠崎先生が教えてくれた所。すぐ近くだし、チャイムも聞こえるから大丈夫だよ」
ミナトは空になったくるみのジョウロを奪い、玄関へダッシュした。あまりにも突然のことでびっくりした。
「ゆっくり歩いておいで!水入れとくから」
ミナトは走りながらくるみに言った。くるみの心に何か温かいものが飛び込んできた。
ミナトのおかげで2人にわずかな昼休みができだ。
校舎の左側には自転車置き場がある。その横を通るとグラウンドへつながる。
秘密の場所は校庭と果樹園を仕切るウッドフェンスを超えた所にある。
「あっちだよ」
くるみはフェンスの向こうを指さす。
「このフェンスよじ登るつもり?」
驚いた顔でミナトはくるみを見た。
「ちゃんと1ヶ所だけ入り口が有るの。」
くるみはフェンスに近づき1年前によく利用していた扉を探す。
見た目からでは入り口なんて分からなかったが、板の色が微妙に違う所が有った。
「確かここ!」
来たのは去年の6月以来だった。くるみがフェンスを押しだが、あまりに使われていないため、下草が邪魔をしてなかなか押せない。
すると、くるみのすぐ後ろからミナトが力強く押した。ブチブチっと草が切れ、フェンスは人1人が通れるくらいの隙間が空いた。
くるみは後ろを振り向きミナトを見た。
「行こう!」
中に入るとレモンの木が生い茂り、じめっと蒸し暑い今日は、一層花の香りを濃く感じる。
青々と生い茂ったレモンの木の隙間からはスポットライトのように光が差し、光と影のコントラストが激しい。
くるみはウッドフェンスとレモンの木の間にできたトンネルのような細道を走り出した。
「どうしてそんなに急ぐの?」
ミナトはゆるやかな傾斜を走り出したくるみに尋ねた。
「早く見たいの。今日は天気もいいし、きっと最高だよ」
くるみは何かを目指し更にスピードをあげた。ミナトも走り出した。
ミナトはくるみに追いつくと、くるりと向きを変えた。
くるみが走る姿を見ながら後ろ向きのまま追い越し、先に進んだ。
急に真っ白な光の中に出た。もうレモンの木はない。
「危ない、止まって!」
レモン畑にくるみの声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます