第12話 少女と航

 

 夕方、わたるが診療所に顔を出した。


 少女が意識を取り戻したと聞いていたのでいつになく緊張気味だ。和哉と航は診察室の扉を閉め、待合室で少女の話を始めた。

 

 航は少女に記憶が無いことに驚いたが、言葉が通じたと聞かされ、もっと驚いた。

 

 航は警察署で調べてきた家出人と行方不明者の顔写真付きの資料を封筒から取り出した。

 年齢が近い30代以下のものだけをピックアップしてきたらしいが、どれも少女との雰囲気が違い過ぎた。

 航は今後の参考に、少女の目を開けた顔も知っておきたかった。


「会うことってできる?」


「まぁ、落ち着いている様子だから大丈夫だと思うけど、ちょっと待ってて」


 航を待合室に残し、和哉は美沙の所へ行った。美沙は、少女に警察の人が身元を調べるために来てくれていると話した。

 

 少女は面会に抵抗することはなく、素直に受け入れてくれた。


「航、いいぞ」


 勤務中の航は制服のまま少女の前に姿を現した。

 少女はベットに座ったまま不思議そうに航を見つめた。


「想像してたよりずっと可愛いじゃん」


 開口一番に航は言った。


「ちょっと、航!何いきなり言うの!」


 美沙は慌てて航の口をふさごうとする。


 和哉は気まずそうに少女の反応を見た。


 笑ってる。

 

 初めて見る少女の笑顔だった。美沙もそれに気が付き航から離れた。航は何も気にしないで話し続けた。


「オレはこの町の、交番で働いているんだ。困った人を助けるのがオレの仕事だ。君は困っていることがたくさんありそうだね。だからオレは君を助けるよ。」


少女は黙ったまま何も言わない。


航は続けて話す。


「オレは28歳だ、君はたぶん10代だと思う。だから、ハンバーガーやクレープが好きなはずだ!一緒に食べに行こう」


 和哉と美沙はひやひやしながら少女の様子をうかがう。


「私、行ってみたい」


 少女は窓から見える夕暮れの空を見つめながら言った。


「それもいいかもな、何か思い出すかもしれない」


 和哉も賛成した。


「でも、病院服じゃねぇ」


 美沙は大急ぎで何人かの候補者を頭に浮かべ、少女の服を買って来てもらう人を考えた。

 子どもがいない自分が買いに行ったのでは、まともな服を選べない気がしたからだ。  

 

 派手過ぎず地味過ぎずトレンドを押さえた人で、少女の事情を話しても大丈夫そうな人……いたっ!


衣咲いさきちゃんに頼もう」


 衣咲は診療所の事務を手伝ってくれている一人で、ミカン農家の娘さんだ。

 

 あの子なら口も硬いし服も好感が持てる。さっそく電話をしなくては。なんだか急に忙しくなってきた。


 航はコンビニで買って来たプリンと女性用のファッション雑誌を少女に渡した。


「その本、好みかわかんないけどプリンは美味しいよ」


「ありがとうございます」


 少女は初めて自分のものができたように雑誌を取り出し大事そうに胸に抱えた。


「ありがとうございます」


もう一度、お礼を言った。


「じゃあまた明日顔出すから、困ったことがあったら何でも言って」


 航は警察の帽子をかぶり病室を出た。美沙はすぐに後を追い、航の肩に手を回した。


「さすがね、。人との距離を縮めるのが上手い!」


「あ、そうかなぁ。こんなもんだよオレ」


 美沙は気をつかうあまり普通に話せなくなっていた自分が恥ずかしかった。

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